徒歩巡り(竹富島で②)

仁和寺にある法師、年よるまで、石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとりかちより詣でけるなり。(徒然草第五十二段)  訳)仁和寺にいる僧が、年をとるまで石清水八幡宮にお参りしたことがなかったので、情けないと思って、ある時、思いたって、たった一人、徒歩で参拝したのだった。  小学館 新編日本古典文学全集44巻

 八重山に来るわたしは、年頃になるまで竹富を拝まざりければ、もったいないと覚えて、思ひ立ちて、ただ一人徒歩より詣でけるなり。

 竹富島の観光名物と言えば、水牛車やレンタサイクルで集落を回ることである。白い砂の道、珊瑚の石垣、抜けるように青い空の下で島の情緒をたっぷりに味わう。だがしかし、変わり者と言われるわたしは用意された観光はしたくないのである。みんながしていると聞くだけで、やりたくないのである。

 竹富島初日の昨夜、宿の主人とのゆんたくで、もう一つ印象的な話があった。旅の仕方についてである。彼は、日程を決めて計画通りの予定をこなす旅行を旅とは言わないのだと言った。移動と滞在とを分けて考え、滞在中は予定を決めずにその場所での時間と経験に重きを置く。そうじゃないと、その旅行先を楽しめないし、味わったことにならないと。わたしは一人で計画もなく南の島を回っていて、次に行く場所も、何日滞在するかもその時の氣分で決めている当てのない旅をすることに少し肩身が狭かった。折角来ているのだから、効率の良い島の周り方や観光名所を押さえた旅行の仕方をした方がいいのではないか、わたしがやっていることが正しいのか、理解を得られるものなのか、かなり迷っていた。宿の主人は、それでいいのだと言った。今日の宿も明日の旅程も決めることなく、自分の直感で行きたい場所に行く。そしてその先での体験を楽しむ。それこそが旅なのだと。こんな何でもないわたしは、旅先で変わり者の宿主に旅のお墨付きをもらっていた。

 よって、竹富島の二日目は、徒歩で集落を散策することにした。

 まずは昼食である。宿にはお湯と即席麺やら即席焼きそばやらが豊富に用意されており、安い値段で買うことができる。でもわたしは加工食品が好きではないので、外で美味しいご飯が食べたい。まずは、昨日宿に来る途中で見かけた大きな食事処に行った。島のご飯は混み合うと食べられない恐れがあるだろうからと、島の事情が分からない時点での面倒を避けたかったので早めに店に行った。野菜たっぷりのカレー御前だった。あの一人サバイバルキャンプ一日目に、知らない海岸に張ったテントで一人、自前のお皿を駆使してパイナップルをナイフで切り、砂がつかないように食べたことを思い出し、真っ当な食事が食べられたことに心の中で歓喜した。混み始めた店を一足先に出て、徒歩散策を始める。

 竹富島と言ったら、この風景ですと言う道を一人でゆっくり歩く。空は快晴で雨の降る氣配は皆無だ。珊瑚の石垣から曲がり角を曲がると、荷台に人を乗せた水牛車が向こうの角からぬっと現れたりする。水牛車に乗る人々を見る観光をする。間違っていたら申し訳ないが、水牛は確か全部雌で、客待ちをしている間は水をかけてもらったりしながら大人しく待っている。同じ女性として、働く水牛女子に共感と敬意を捧げる。人を乗せてくれてありがとう。

 八重山諸島には御嶽と呼ばれる神社のような場所があり、竹富島には代々女性が巫女のような役割を司り、御嶽を守っていると言う。これは石垣島にいる時に聞いた話で、昔から女性は神に仕える神人(かみんちゅ)、男性は海に仕える海人(うみんちゅ)として役割を分担し、八重山地方では女性はとても神聖な存在として大切にされたらしい。わたしは石垣島で、たまたま竹富島の御嶽を管理する神司(カムツカサ)の女性にお会いする機会があり、これから一週間島で祭事に入ると言っていた。竹富島の御嶽は集落の中にいくつもあり、そこだけ木が鬱蒼と生い茂り、しんとしていた。どの島でも御嶽は土地に人々にとって神聖な場所であり、観光客は御嶽には入ってはいけないが、竹富島の御嶽はさらに立ち入りを許さない空氣があった。祭事の準備をしていると言っても祭りのような賑やかな物ではないと思われ、外からは全くその氣配は感じられない。御嶽に出入りする人もいなかった。

 御嶽のような神聖な場所、観光客で賑わう飲食店や中心地の道、寺のような建物や小さな展望台、古い井戸の跡、目ぼしいカフェを見て歩く。小学校もある。わたしの宿の近くに古民家に併設された小さな店があり、そこでぜんざいを注文した。沖縄のぜんざいは氷に煮豆と思っていたら、冷たいお汁粉のような物で、量も多くて昼食後のお腹には苦しかった。それも旅の良い思い出である。このお店の方がおまけで無農薬の自家製島バナナをくれた。もっちりしていて酸味もあって美味しい。わたしのバナナはまだ今ひとつ熟れていない。

 暑さと歩きで疲れたので、夕方に一度宿に戻って夕食の予約時間を待つ。今日は、昨日予約した島のお野菜を使ったレストランで人氣店のようだからとても楽しみである。時間になり、夕暮れの道を歩いて出かけた。席に着くと、窓にヤモリが張り付いていて、きゅっきゅっきゅっと鳴いている。お店の人によると、竹富島ではヤモリは家の守り神とされているそうだ。家守なんですね。料理は自宅の庭で採れた島の野菜で、葉物は何だかぷりっとして肉厚だった。味とかの前に、鮮度と命を感じる草に感動する。主食は島もずくとベーコンのペペロンチーノだが、もずくがとろとろとしていて、島唐辛子を泡盛に漬け込んだこーれーぐーすーをかけて辛めに食べるのがとても美味しい。パスタにもずくとは、意外に合う物である。もう、何か贅沢な夜だった。

 店を出る頃には20時を過ぎていて、降っていた雨も上がりかけていた。お店の方がくれた傘を地面に突きながら、暗くなった集落を歩く。来た道を何となく覚えたつもりで地図を見ずに歩いていたら、見たこともない家並みに突き当たる。外は暗く、月明かりに沈んだ集落は宵闇の一色に染まり、昼とは全く違った幻想的な表情を見せる。家は密集しているのに人の氣配は薄い。昼間はあまり氣付かなかったが、この集落はどの家も造りが似通っていて、夜は迷路のようになるのだ。迂闊な島外の人間が神隠しにでも遭いそうな場所に感じられる。制約もないので、迷ったまま歩を進めて夜の集落を探検した。突然、工事現場かと思う大きな給水塔跡が現れたり、夜の小学校や御嶽に出くわしたり、大きな木や何かの史跡が現れた。見かけた景色に戻ってきたので、宿に戻った。その日は宿泊客が多く、とんでもない美人がいると思ったら釣り人で「釣りは人生を教えてくれます」と釣りの世界の話をしていたが、わたしにはよく分からなかった。世の中には本当に色んな人がいるものである。この宿だけは、遅くまでゆんたくで賑わっていた。

 「徒歩で」と言いたいだけで、徒然草を引き合いに出した。仁和寺の法師は石清水八幡宮の場所を知らず、手前の寺社を回って帰ってしまったため、案内人が必要だっただろうと言う落ちなのだが、わたしの旅も似たようなものだ。波照間島の綺麗な海を見たから見なくてもいいと思って竹富島の海を見逃したし、夜の海岸からの星空がとてつもなく綺麗らしいが、それも見ていない。今思えば、もっと心を開いて自転車を借りながら島全体を回ったり、星砂が見られる海にも行ってみれば良かったと思う。Googleマップをもっとじっくり眺めれば良かった。

 けれども、この竹富島で触れた人や聞いた話、目にした風景はわたしの記憶に今も強く残っている。

富の受け取り方(宣伝です)

『シンクロニシティ・マネーの法則』

うさこ
うさこ

今日は、電子書籍ですが、少し宣伝をしてみようと思います。

これを読んで、豊かな氣持ちになってね。

 竹富島の旅で食べたい物を食べると決め、宿への宿泊も二島目となったため、金銭的に支出ばかりが増えて不安に駆られた。その時に読んでいたのがこの本である。

 金銭的支出が増えていると言うことは、支出の対価として受け取っている豊かさがあるのだ。それをこの本では「富」と呼ぶ。支払った金額以上の豊さを受け取ることができていれば、それはお金が無くなったのではなく、豊かな時間や美味しい食事という富を受け取ったことになる。どちらに目を向けるかで、わたし達が経験する感情は全く異なるし、意識は焦点を当てた物や感覚を増やす構造を持っているから、「お金を払うことでわたしは豊かさを受け取った」んだと受け取った物へ視点を向けることが、不足から充足へと意識を転換させていくことになる。これが後々、金銭的・物質的な豊かさにもつながっていくらしい。

 だから、目当てのカフェで頼んだ飲み物が高いなあと思った時に、「こんな南国の島で素敵な店内で美味しい飲み物が飲めるなんて豊かだ」と感謝する。そんな時間を過ごすことができていることを味わう。そうやって、自分が実は、支払った金額以上に多くの豊かさを受け取っていることに氣付く。そんな練習をしながら旅をしていたと言える。

 竹富島にいた当時は、まだこの「富」の概念を感覚に落とし込めてはいなかったけれども、この本を読んで「『富』を受け取ろう」と思い、豊かな氣持ちになったことは確かだ。


 わたしは以前、Kindle Unlimitedという読み放題でKindleを利用していて、基本的に本は読み放題か図書館で読み、何度も読みたいと思った物のみ購入して本棚入りを許可することにしていた。本は財産だからとその都度買っていると、すぐに本棚が埋まってしまって切りがないと思ったからだ。この本はその本棚入りを果たした栄光の書である。今回は電子書籍しかおすすめを用意できなかったのですが、電子書籍を利用する方は見てみてください。書店でもまだ取り扱っている所はあると思う。うさこ印を押したいぐらいに面白かったです。

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