初日の鞍馬山越えで全身が疲労し、二日目の竹生島散策でちょうどよく負荷がかかって、三日目の今日は全身ががちがちの筋肉痛になっていた。
これから日本古来より受継がれてきた體術の体験入門講座が始まる。
会場は京都市中心街地にあり、ちょうど祇園祭の真っ只中の中を通って行く。眩しい太陽の光の下で、山鉾巡業のために午前中から歩道は人で溢れ返る。神様のお祭り。その隣で始まる入門講座に、どことなく神々との巡り合わせを感じる。
会場に入ると、参加者は全員女性だった。
講座は座学があったり体の動かし方を学んだりする。座学の内容は初めて聞く話ばかりだが、宇宙の叡智と呼べるであろうことも比較にならないくらい深く、そして具体的に代々言い伝えられてきたらしく、この世界のことわりを知っていた人々がそれ程昔からここ日本にいたことに驚いた。本当に「講座」の内容だった。あまりの内容に驚愕し、遠い目をしているわたしの顔を見た講師から「大丈夫ですか」と声をかけられる始末だった。氣が遠くなるような遥か昔の時間軸を目の前に差し出され、唖然とした。
体の動作は独特な、不思議な動きを習う。学校の机の上の学習に慣れてしまっているからか、はたまたそれしかやってこなかったからか、講師の動きを見てその動作を真似るということが、できるようでできない。そして動作の意味が分からない。明確な理由はあるらしいのだが、これは何のために覚えて、何のためにやっているのだろう。意味不明な動きを教えられて練習する。次回までに覚えていられるんだろうか。頭の中にはそんなうっすらとした不安が充満する。人間は考えた通りになるから、不安なことは考えない方がいいですよ。思考の癖にまで厳格に対処する。そこまでやるのかと色々と緊張する。
この体の使い方を習得したら何ができるのかを実演する目的で、講師から技をかけられることになった。これが不思議な感覚で、痛くもなければ窮屈さもなかった。綺麗に誘導されて、身動きが取れなくなる。実はわたくし少林寺拳法二段でして、ちょっとだけ柔法やら剛法やらができるのだが、そちらは関節を決める痛みで相手を征服するところがある(違っていたらすみません)。けれども、こちらは圧迫感も痛みもないのに氣がついたら征服されている。後に合氣道を習い始めた友人曰く、熟練の先生がかける技も同じらしい。えええ、こんなの初めてえと男性の前で可愛子ぶる女子のような氣分になり、技をかけられた後もしばらく顔がにやけていたらしい。再び講師から「大丈夫ですか」と笑われた。技をかけられて負けたのに、反発なく綺麗に戦意を喪失させてしまう。これも、この古来からの知恵なのだそうだ。体への技で、心も制する。とても奥深い。
講座が終わった後も、講師に質問をしたりみんなで技をかけてもらったりして何やら楽しかった。そして、氣がつく。あの鞍馬山でもらったがちがちの筋肉痛が消えている。講師から技をかけられた時に、氣を注いでもらっていたそうだ。敵をも健康にしてあげるのが、古来からの日本の精神なのだと言う。敵をなくす方法も精神も、今のわたし達の観念とは違う。敵にさえも与える。こんな風に平和を叶えていく視点があれば、世界は自ずとその姿を変えるだろう。その景色が浮かび、豊かさを垣間見た。どこの国にも独自の美点や長所があるが、日本のそれはこの精神性の深さだろう。
初めての体験の高揚感で、わたし達大人女子達は会場から出た後も話が尽きず、一緒に遅めのお昼ご飯を食べに行く。これだけ物好きな講座に集まった女性達は、いざ話し始めて蓋が開くとみな一風変わった人達だった。
初日の夜に「今、祇園祭をやっているんだね」と、泊まらせてもらっている従姉妹の旦那さんに言うと、「普通、この時期に来る言うたら祇園祭やろ。むしろうさちゃんは今回何しに京都に来たん」とえらく笑われた。
参考までにこの物好きな大人女子達に「みなさんは、今回祇園祭をやっているって知っていましたか」と聞くと、「ううん」全員が首を横に振った。
わたし達が昼食を終えて別れる頃、祭りも終わり、狭い路地の中で大きな車輪をゆっくり転がしながら引揚げていく山鉾とすれ違う。日が少し落ちて、長く伸びたビルの影に浸る四条の狭い街並みをみんなで歩いた。
帰りの電車まで一緒になった女性は、時間厳守のその日の講座に20分以上遅刻して来た。わたしよりも年上のその方は、極度の方向音痴で初めての土地、さらに祇園祭の山鉾巡業で通行規制がかかる中、無事に会場に辿り着けるのか不安と混乱に陥ってしまったのだそうだ。彼女が汗だくで会場に来たのを思い出す。自分が苦手だという先入観があるから、その現実にはまり込んで生きる姿を見本のように見せてくれている人だった。そんな彼女が愛おしい。わたし達は誰もがみな、多かれ少なかれそうやって一生懸命に生きている。
「今回、あたし達全員女性だったじゃない。だから、講師さんが刀でこんなこともできる、あんなこともできるって何回もやってくれたけどさ、男性なら食いつくんだろうけど、女性は刀とかに興味がないからさ、みんな『ふうん』『へえ』って感じで無反応なのが面白かったよね」彼女のそんな話が可笑しくて、二人で笑った。誰にだって美点もあれば欠点もある。また来月、みんなと会えるのが楽しみだ。
次にわたしが従姉妹の旦那さんに会った時に、今日いた人達がみんな祇園祭の開催を知らなかったことを報告したのは、言うまでもない。

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