『霊能者』(奈良大阪⑦:天河神社)

うさ旅

はじめに

 前回の記事はこちら

 以前に天河大辨財天社に来た時の記事は、『天河神社』『朝の祈り』から。

 京都滋賀奈良の旅の総集編もご覧ください。

『霊能者』

 天川村の宿に着くと、女将さんのおばあちゃんが玄関で出迎えてくれた。阿闍梨あじゃりとわたしの顔を見て、「あんたら、目がすごいな。見えるやろ」と穏やかな顔でじっと目を見てくる。いや、あ、そんなに色々とは見えませんよ。ねえ。阿闍梨と視線を交わすが、「何かがはっきり見えなくても、感じるやろ」とおばあちゃんは譲らない。まあ、それは、そうかもだけど。そう言うおばあちゃんの目も深くて澄んでいてすごいよ。そのかたわらで、ご主人は物静かに荷物の車輪を拭いてくれた。

 荷物を置いたら、前回と同じ温泉に入ることを勧められ、宿から徒歩で温泉に向かう。12月の天川村の空氣はとても冷たい。山の谷間にあるので、日が差す時間も短い。温泉は冬も変わらずに桃源郷みたいな風情で、ぬるめに感じるのに体はとても温まった。汲んでもらったおばあちゃんちの井戸の水を飲むと、温まった体の中に龍が通っていくように感じる。帰り道は夜の闇に染まり、雪が降っていた。

 宿に帰っておばあちゃん手作りの晩ご飯を頂きながらおばあちゃんとお喋りをしていると、女性の笑い声がした。聞くと、霊能者の方が泊まっているという。「あんたら、ついてるよ。私からのご縁ということで、何でも聞いたらええよ。先生は見えるなんてもんじゃない、頭の中から過去も未来も全てお見通しやから、何でも答えてくれる」そ、そんな聞く前から全てが分かっている方に、軽々しく質問なんかできないよね。きっと阿闍梨あじゃりも同じことを考えているんだろうなと思う。二人で顔を見合わせていると、突然おばちゃまが居間に入ってきた。

 「ちょっと、これのやり方が分かんないんだけど、誰かやってくれる」

 銀座とかにいそうなお洒落な話し方で、スマートフォンを差出してきた。独特の服装と髪型、縁の太い眼鏡。この心の声も全部筒抜けなんだろうな。

 「あんたら、先生に聞きたいことがあったら何でも聞いたらええよ。」女将さんがもう一度促してくれるが、結構強烈な面差しなので、恐る恐る阿闍梨あじゃりの今の悩みなんかで水を向けてみる。わたしは特に相談しなくていいです、そんな風に阿闍梨の話題の陰に隠れた。

 阿闍梨の悩みに対して、霊能者のおばちゃまは「鏡に向かって馬鹿って言ったら、何て返ってくる」禅問答のような問いを返してくる。そして一通り助言を終えると、物凄い、という漢字を当てたくなるようなすごい目で、じっとわたしを見てくる。ひいい、怖い。と思ったら、何にも聞いていないのに、突然、

 「あんたは嘘、偽り、二枚舌」

と、強い口調でお説教をされた。何でえ。そこまで酷いことはしていないよ。子どもの頃から怒られることが嫌でいい子ぶってきたのに、こういう眼力鋭い方からはたまにお叱りを受ける。お茶の先生と同じだ、一角の方はごまかせない。逃げられない。ご飯なんて食べるどころじゃなく、膝に手を置いて、椅子に貼付けられたようにかしこまる。

 「知識は豊富。頭は強い。だけど、肝心なことが分かっていない」

 これもお茶の先生から指摘された。

 「あなたがここにいるのは、誰のお陰。お父さんお母さん、その上は。ご先祖様、その上は。そう、神様。神様はあたし達に不幸なんて望んでいない。だからそれを早く知りなさいって言ってんの。

 あなたは本当のところで思いやりがない。分かっていないの。でも、本当のあなたはそうじゃない。ちゃんと温かい氣持ちを持っている。本当はそれができる。それに早く氣付きなさい。この人(阿闍梨)には自分に対する愛がある。でも、あなたにはない。神様はそんなことは望んでいないのに、あなたが違う方向に捻じ曲げてしまう。そうじゃない、そうじゃないでしょう」

 はい。

 少し言い訳をしたかったけど、きっと、どれだけべんろうそうとも、このおばちゃまの目をくらますことはできない。これだけのことを言われても、これしか返せる言葉はなかった。

 嘘をつくな、つまり自分を取り繕うなってことね。じゃあ、敬語とか目上の人とか思わずに、わたしのありのままを出すわ。

 「阿闍梨あじゃりが今困っていることはさ、相手がどうこうと言うより、自分の器を大きくするために起きているっていうことなんじゃないの」

 「カカカッ。ようやく神様の言葉を言ったね。自分に与えられたことからは逃げない方がいい。逃げると、今度やってくる時に10が20になって返ってくるよ。」

 いい子ぶらずに思ったことを言うことが正解のようだった。結婚はできますか、と聞いてみた。

 「結婚は、あなたがしようと思ったらできるんじゃなあい。でもねえ、この人自分のことを嫌いだから、相手を拒絶しちゃうのよ」

 今までの彼達のことが全部見えているんだろうなと思うと、苦笑するしかなかった。

 おばちゃまは、他にもこんなことを言っていた。

 「いくら知識を詰め込んでも、人は体験したことでしか本当には理解しないからね。大丈夫、この人(うさこ)は自分からぶつかっていくから」

 「やりっ放し、受取りっ放しはだめよ。必ずお礼をしないとね。あたしにって言うんじゃなく、神様にね。だから、また来なさい。」

 色んなことをお話ししていたら時計は22時を回り、わたし達は寝床に下がった。夜に神社に行くつもりで0時に目覚ましをかけたが、暗闇の中で目を覚ますと外は激しい風の音がして寒そうで、UFOは諦めた。明日は朝拝に行くから、どの道朝は早い。

 美魔女道を邁進する阿闍梨あじゃりは、早朝から起き出して身支度を始めた。わたしもその物音で目が覚めたが、ものぐさな性分で布団の中で起きていない振りをした。そして、前の晩に言われたことを反芻していた。

 確かに、わたしの心の底は冷えて固まっていた。本音を言えば、わたしの中の奥の奥の所は、冷たくて温度がない。思いやりがない。人には言わないし、そう見えないように振舞っているけれど、わたしの根底には愛がなかった。それはつまり、自分への愛もないということなんだろう。

 わたしだけがその事実を知っている。

 だから、幸せじゃない道を選んでしまうし、幸せじゃない展開に持っていってしまう。そうやって、自分が幸せになることをねじ曲げてきた。どんなに素敵な男性でも、付合うと必ず揉めた。でも、おばちゃまの言う通りだとすれば、本当のわたしはそうじゃない。温かい愛情を持っている。そして神様は、わたしが不幸せになることを望んでいない。わたしがわたしの幸せをねじ曲げることも望んでいない。

 自分が幸せになれないと思い込んできた。けれど、その幸せをねじ曲げていたのは、わたし自身だったんだ。自分には愛がない。優しさがない。でも、本当は思いやりを持っている。

 わたしは布団の中で、少しだけしゃくりあげて泣いた。自分を蔑んでいたこと、自分に価値がないと思い込んできたこと、自分で自分の幸せをねじ曲げてきたこと。わたし自身の胸の痛み、自分の本当の姿に氣付く痛み。その痛みは、涙と共に産声を上げ、わたしの心を開いた。

 わたしが分かっていなかった肝心なことは、自分への愛だ。

まとめ

うさこ
うさこ

 阿闍梨と一緒に旅をすると、旅先で必ず面白い人に出会うんですよ。

 霊能者の方って初めてお会いしたけど、なんかすごく深かった。そして強烈だった(笑)。阿闍梨は夜も朝も、ずっと「あなたはあなたのままでいいからね」と言われていました。

 2025年の冬至は自分の方向性が確定する時、とても特別な日と言われていたけど、うさこもそこに向けて意識を根底からお掃除しようと、高次の自分が色々と調整を図っていたんだろうなと思う。だから、おばちゃまからの助言は、ずっと胸の中に置いています。

 直接おばちゃまから言われたのはうさこだけど、これを読んでいるあなたへの言葉でもあると思うんだよね。

 自分のことを愛していますか。自分への愛はありますか。

 現代人をしていると、自分を愛するのってなかなか難しいじゃない。うさこを通して、おばちゃま(の神様)から人類への愛を届けるから、しっかり受取ってね。そして共に、希望に満ちた2026年を創っていきましょう。

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