『示唆』(奈良大阪10:星田妙見宮)

うさ旅

はじめに

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『示唆』

 星田妙見宮は、江島直子さんに付いていた龍が鳳凰になった場所として紹介されていたことから、わたしの鳳凰巡りの一環として密かに熱烈な氣持ちを抱いていて、行きたい場所だった。

 行きたいとなったら、場所も時間も考慮せずに目的地に設定するところがあり、大阪初日のこの日は関西に住んでいる友人の都合が付かずに一日空いていたため、一日あったら行けるっしょと碌に場所も行き方も調べずに行き先に定めていた。

 幸いにも、ミカエル様の采配なのか、ホテルから徒歩一分の最寄り地下鉄駅から乗継いで、そんなに不便なく行けるようだった。しかし問題は、妙見宮の最寄駅から徒歩33分という案内が出ることだった。他に交通手段がなさそうであり、この徒歩の行程だけは覚悟しなければならないと思っていた。

 すると、間髪入れずに夜見ちゃんから星田妙見宮のホームページが送られてきて、「あんまり本数は多くないけど、駅からバスが出ているみたいだよ」とバスの情報が入る。夜見ちゃんっていい仕事をするわ。ありがたいな。こういう時に、どの情報に当たるかというのは小さいようで仕事の効率を左右する案件だと思うが、わたしは学校の成績はそこまで悪くない割に、こういう手際はそこまでよい訳ではなく、こうやって助けてもらうことが多い。反対に、夜見ちゃんは学業成績に対する深い劣等感がある反面、こういう手際はとてもよい。ささっと情報を集めてくる(でも自覚が薄い)。まいまいの四柱推命でも、夜見ちゃんの星から鑑定するにかなり頭のいい人のようだった。射手座だしね。育ちや過去世からくる思い込みが、自分を強く縛っていることはよくあることだ。

 そんな訳で、電車を乗継いでいるうちに大阪の中心地から大分離れた場所に向かっていることに氣付き始める頃、最寄駅の星田駅に到着した。駅からはおりひめバスが周遊していて、バス停で乗車するバスを待つ。天氣はいいが、風が強く冷たい。停留所の地面に星が散りばめられていれば、乗車場の真ん中に立っている時計も織姫だった。星田妙見宮に向かう途中のバス停も星に因む名前が多く、どこか別の次元に接続した星の世界の町を巡っているような氣分だ。辺鄙な場所にある停留所でバスを降り、歩いて神社の正面に向かう。

 12月に入っていたが、この地はちょうど紅葉の時期を迎えていて、小さな山をくり抜いて造られたような境内に植生している木々が色とりどりに色づいていて美しかった。鳥居をくぐると神社や神社にまつわる伝説等が子どもにも分かる案内板で説明されており、この神社に関する前情報を全く得ていなかったわたしは興味深く読んだ。この展示だけでも十分に楽しめて、来た甲斐があったと思った。

 そして、神社の御由緒に目を移した時だ。御祭神の名を見て、はっとした。天御中主様。神様の名前が迫ってくる。

 昨日、まだ昨日、聞いた霊能者のおばちゃまの声が蘇る。

 「名前を言うと、それに縛られちゃうから言わないわ。だけどね、あなたの神様は、あなた方を思っていらっしゃる神様は、偉大な方です。」

 わたしもこの神様だとは特定はしない。そう思ってはいるけれど、何か答え合わせがあったように感じた。わたしは鳳凰を追ってこの神社に来たけれども、実は違う答えに導かれてここを訪れているのかもしれない。それは旅の中で与えられた示唆だった。

 神社内は、空海が念仏を唱えて市内三ヶ所に落ちたとされる北斗七星の一部により山がえぐられてそのまま境内となっているらしく、山頂にはその時に落ちた岩が祀られている。本殿の裏にあるその岩は織姫石とも呼ばれ、古くから信仰の対象になっている。

 宿曜に紐付けられた一二支の小さな石仏が配置されていたり、二本の石の柱が鳥居のように立っている滝の前の広場があったり、摂社末社が多数あったりと、思いの外広くて見所がある。中には、「境内では、大きな声、法螺貝、演奏、踊り、舞はご遠慮ください」の看板もあり、法螺貝を吹きたくなっちゃう人がいるんだなあと笑ってしまう。広場は踊るのにちょうどいいだろうし。何だかそういうご神事をしたくなる氣持ちはとてもよく分かる。そういう雰囲氣がある場所なのである。そして本殿を見上げる。本殿のある山頂までの階段はなかなかな段数だ。

 本殿に近づくにつれて風はびゅうびゅうと吹付け、わたしの体温を奪おうとする。厚手の羽織物を体に巻付けやっとの思いで本殿に辿り着き、山頂にある三社それぞれにお参りをする。鈴を鳴らすと、その度に髪の毛をかき回されるような突風に見舞われる。本当に寒い。神様を感じるどころじゃないんだけど。でもこれが、ここの神様達の歓迎の方法なのかもしれない。嬉しいけれども、もうちょっとやり方を考えてほしい。

 本殿から一段下がった場所には社務所があり、御守りや御朱印、御朱印帳が一際目を引く。全てが月と星に因む図柄で、キラキラしていて心をくすぐる。御朱印も限定御朱印が大小それぞれあり、お値段もそれなりだが、是非とも頂いて帰りたくなる。一人、社務所の前で長考した。自分の星のお札やらお土産の御守りやらを買い、長考ついでに神社の女性に近くのご飯屋さんなどをいくつか教えてもらった。御守りや御朱印はとても評判がいいそうだ。

 何だかとても好きな場所だ。何かの説明にもあったのだが、この神社は神道、仏教、陰陽道だか三つの信仰の神仏習合の神社らしく、いずれの道からも同じ真理に辿り着けることを暗示する。八卦の引用の図柄と言い、空海とのゆかりも深くて仏教的なのに、星や宇宙との繋がりを感じられる。境内に説明もあるので、よりこの場所の由来を理解しやすい。

 また来たい。

 そう思って名残惜しく思いながら神社を後にした。

 帰り道は歩いて30分ほど寄り道をして、体にいい材料を使った手作りの和風カフェに寄った。昔ながらの和風家屋が並ぶ住宅地にあり、昔夢に出てきた学童保育所にそっくりな建物もあった。わたし、将来ここに住むのかしら。なんてね。カフェでは女の子の赤ちゃん連れのお母さんと一緒になり、赤ちゃんがわたしの所に来て膝の上に座ったり物を物色したりするので仲良くなり、少しお話をした。令和七年七月七日の七夕の妙見宮のお参りに行ったこと、生まれてきた経緯なんかをお聞きして、きっと今年を選んで生まれてきたんだねなどと話した。沢山遊んでお昼寝でむずかる赤ちゃんが帰る時に、じゃあねと言うと、おっと片手を挙げて応じてくれる姿に笑った。きっと利発で好奇心旺盛な美人さんになるに違いない。

 わたしも夕暮れの住宅街を抜けて、帰路に就く学生達に混じって電車に乗った。

まとめ

うさこ
うさこ

 星田妙見宮は何だかとても面白い場所で、すごく好き、好きな場所になっちゃった。三つの宗教というのか、それらが合わさった神仏習合の地というのも、うろ覚えのくせに興味深い。わたし、子どもの頃から八卦の図柄にやたらと心が惹かれるんですよ。どこかで宿曜とか陰陽道とかにも縁があるんだろうな。八卦とか易経とか、習いたいな。

 興奮氣味で紹介したいのだけれど、こんな視点でよだれを垂らさんばかりに面白がっているわたしってやっぱり変態なんだろうなと、ふと我に返って冷静になる。わたしの興奮度合いって、スピ友にもそこまで通じないかもしれない。

 鳳凰に関することは特に起きなかったけど、いっぱい収穫があった星田妙見宮でした。御守りも御朱印も、御朱印帳も本当に素敵なので、きらきら好きな女子は要確認です。御朱印帳の写真は値段が写っているので、何となく自粛。

【関連情報】


 星田妙見宮


「妙見信仰」の項目内に、空海がこの号を名乗るに至った動機も書かれていて、面白い。

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