『名物書店員の選書』

うさこの本棚

はじめに

 前回の記事はこちら

 名物書店員の関連記事はこちら。

 今回紹介する書籍『タイム・リープ』の関連記事はこちら

『名物書店員』

 自分のブログの編集作業をしている時に、高校生の時に大好きだったSF小説『タイム・リープ』が新装文庫化されて出版されていることを発見した。

「“タイムリープもの”伝説の作品が加筆修正と新規書き下ろしを加え、いま、蘇る」

 帯に書かれたその文言に、血が騒ぐ。伝説の小説。やはりこの本はそういう位置づけになっているんだ。その上、「加筆修正と新規書き下ろし」ですって。どんな内容に変わっているんだろう。もう、当時買った単行本は持っているけれど、大好きな本は単行本と文庫本と両方揃える主義なので、これはもう買わない手はない。しかも、昨今の出版事情の手前、欲しい本はその時に手に入れないと、すぐに流通経路からなくなる恐れがある。他にも欲しい本があるし。

 そう思って、その本を書店に注文しに行った。わたしは書店の利益になるようにと、なるべく本は書店に足を運んで注文するようにしている。目指す本をいくつか探して書棚を歩き、途中で目に止まった他の美容本を立ち読みする。芸能人だってモデルさんだって、どんなに綺麗でその美貌を維持するために努力していても、一人の人間なんだと思う。みんなの注目と批判に晒されて、彼女達も大変なお仕事を担っている。

 そんなことを思いながら、さて本を注文するかと会計に向かった。そうしたら、あの書店員さんがいた。先日、速読とスマートフォンの話で盛り上ったあのおじさん店員である。

 今回は、『タイム・リープ』の他に、岡嶋裕史さん著『Web3とは何か』も注文したかった。岡嶋さんのこの本をKindle Unlimitedで読んだ時に、インターネットのことは何も分からないけれど、彼の状況の例え方や洞察の仕方が知的で面白く、業界の動向が垣間見えて、Web3という世界がほんのりと自分事に感じられた。分かる、分かる。そう思って笑って読んだ。実はこのWeb3という概念、元米マサチューセッツ工科大学メディアラボ所長の伊藤穰一さんの著書『テクノロジーが予測する未来』を読んだ時にもっとよく知りたくて、せっかくならと岡嶋さんの著書を手に取ったという流れだった。最近、わたしがスピリチュアルで参考にしている中村咲太さんが「2037年の地球を覗いてみた」という動画で話している未来と、伊藤穰一さんの著書で語られていた未来の世界とが全く同じだったことに、わたしは衝撃を受けていた。「同じじゃん」と。加えて、その辺から拾い読みした情報によると、かのイーロン・マスク氏はSF小説が大好きで、彼が好きな本にはお金の概念がない世界が描かれているという。そしてマスク氏はそれを全力で信じ、現実化に向けて猛然と動いているらしいのである。「2037年の地球」と同じ未来だ。

 そんな背景があって、岡嶋裕史さんの『Web3~』の基礎知識は押さえておきたかった(どちらかというと、近未来をいち早く把握したいのなら伊藤穰一さんの方を再読すべきかもしれない)。店員のおじさんとはその話はしなかったが、在庫を確認してもらったところ、出版社にはあるというので注文を依頼した。「この方、著書が200冊以上ありますね。ばんばん書ける人なんですね」そんな感想付きだった。『タイム・リープ』も併せて在庫を確認したいと伝えると、注文窓口におじさんごと案内された。何かとご縁がある。

 『タイム・リープ』は店内に在庫があり、おじさんが本棚まで取りに行って持って来てくれた。「いい装丁ですね」「今の中高生向けに描かれたんですね」「そうです、これはそういう装丁の走りです」そうである。本好きで長らく書店で働いてきたおじさんの方が断然詳しい。

 そしてせっかくなので、先日速読とスマートフォンに関する話をさせてもらった者である旨を伝えて挨拶をした。そこからどういう流れでそうなったのかが全く思い出せないのだが、わたしはおじさんから一押しの本達の選書を受けたのだ。確か、もう本屋では手に入りにくい紙の本という話題からだったかもしれない。

 「三浦哲郎という作家がいます。短編を書く人なんですが、ものすごく文章がうまいんです。川端賞(川端康成文学賞)という文学賞があるんですが、その年に出版された全ての短編から一番の作品に贈られる賞です。一年の間に出版された全ての短編からですから、膨大な中から選ばれる一作品になる。これは作家にとっても名誉なことですし、これを受賞すると、世間からも注目されます。この三浦哲郎という作家は、それに八回候補になり、二度受賞しています。それだけすごい作家なんです。ちょっと持ってきますね」そう言って、小走りに本棚の中に消えていった。持って戻ってきたのが、『完本 短編集モザイク』という素敵な装丁の分厚い単行本だった。素敵な装丁ですね。そう言うと、「はい、私はこれを〇〇冊売りました。これはもう残り少ない単行本です」と言って、わたしに差出した(販売冊数は他の本でもいくつか言われ、記憶がごちゃごちゃになってしまったので空欄とする)。

 そしてさらに続ける。「この川端賞は、主催者の関係で二年ほど休止された年がありまして、でもその間にも短編は出版される訳ですよ。その年の出版された短編が対象となりますから、休止中の年の作品は候補に上がらないことになります。そういう時に発表された優れた短編は、じゃあどうなるんだ。賞があったらこの作品は川端賞に相応しいのに。そういう作家がおります。ちょっとお待ちください」そう言って、また本棚の中に消えていき、手に持って戻ってきたのが、柴崎友香『百年と一日』だった。先程の三浦哲郎の単行本の上に積まれる。

 あと、何の流れかこれも全く思い出せないが、「これは、お客さまが入院するのに読む本が欲しいと言われてお薦めした本でして、退院されてからとても面白かったと言って大層喜んでいらした本です」とこれまた持ってこられたのが、森下典子著『前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って』だ。

 この他にも、仙台の書店に勤務していた時に出会って出版した作家の本だとか、わたしが米原万里さんが好きで、彼女の『打ちのめされるようなすごい本』から読んだ『戦争広告代理店』が本当に打ちのめされるような面白い本だったことを話したら、「米原さんもすごく書ける方ですが、わたしはこちらの方の書評に感銘を受けました」と持って来られた本などが次々に机に積まれ、氣付くとわたしが当初購入する予定だった本の影は霞み、それとは全然関係のない本達がずい、と目の前に差出されていた。今日の予算は、どれだけ高く見積もっても六千円である。おじさんのお薦めの本を一押し順に二つに分け、本稿に記載した本だけでも恐らく予算いっぱいになるだろう。このおじさんがいたら、きっと本が売れる。おじさんは熱っぽく言った。

 「あのですね、本当に良い本というのは自分を内側から変えてくれる力を持っています。そういう本とはできるだけ早く出会った方がいい。なぜなら、その本を読んだら自分が変わり、見える世界、触れる物、全てが変わっていくからです。ですから、その本を読んでからの人生の時間ができるだけ長い方がいい訳です。」

 それは言われずとも分かっていた。これは自分の知らない世界を本を通して広げる機会だ。大海原に漕ぎだしたら何が起こるか分からない。どんな出会いがあるのかも分からない。だからこそ、漕ぎ出してみなければならない。他にも、音声言語と文字言語の語彙量の違いとか、それによる本や文献としての文化的遺産の蓄積度の違いとか、本があるということは我々は巨人の肩の上に乗っているのと同じだというガリレオの例とかを持ち出されながら色々と本と読書の意義を語られたが、原稿がうるさくなりそうなのでそれはまた別の機会に記す。

 「分かりました。わたしが買う本と、残りのお薦めの本は取置きしてください」そう言って、おじさん選書の三冊を選んだ。

 「おじさんがこうやって接客したらお客さんが来るんじゃないですか」そう聞くと、「はい。私と会われたお客様に紹介されて会いに来たという方が沢山おられます」と、にこにこと言う。

 「わたし、『墨』の2025年7・8月号を買い忘れたのは、おじさんと引合せてもらうためだったんだと思います」そう伝えると、おじさんは「いやあ、こちらこそ良い時間を過ごさせてもらえました。ありがとうございます」と満面の笑顔で店の奥に戻っていった。

※川端康成文学賞については、書店員さんの話を元にわたしの記憶を再現して記載した物であり、できる範囲で調べたものの、書店員さんの話を保証する情報を収集できておりません。もし記載内容について修正等が必要な場合には、ブログ画面最下部の「お問合せ」様式より、うさこ宛にご連絡ください。

本の紹介(宣伝を含みます)

①『完本 短編集モザイク』三浦哲郎著、新潮社

うさこ
うさこ

まだインターネット上に紙の本がありました。表紙の印刷の色合いも美しいですよ。こういう装丁の本が手元にあるって素敵だなあ。

②『百年と一日』柴崎友香著、ちくま文庫

うさこ
うさこ

独特の表題と独特のお話。静かな不思議さとふつふつとした面白さ。

③『前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って』森下典子著、光文社

うさこ
うさこ

著者の前世と言われる中世イタリアの彫刻家デジデリオを巡る著者の冒険のお話。全く縁のない「デジデリオ」が覚えられてしまう特典付きです。まだ途中だけど、その氣持ち分かる、と共感すること多し。

④『Web3とは何か』岡嶋裕史著、光文社新書

うさこ
うさこ

多分、わたしのツッコミどころと著者のそれとが同じなんでしょうな。全くの文系のうさこでも、何となくWebの世界の人情と凄さが分かる一冊でした。

⑤『テクノロジーが予測する未来』伊藤穰一著、SB新書

うさこ
うさこ

細かな専門知識の説明よりも、このWeb3という仕組みが展開したら世界はこうなるという説明の仕方が分かりやすい。そこに焦点が絞られている本なんだと思う。中村咲太さんの動画で、「プロジェクト毎にチームを組む」というのが全く同じで少々ビビりました。

⑥『タイム・リープ あしたはきのう』高畑京一郎著、メディアワークス文庫

うさこ
うさこ

今回は本屋さんに取置きしてしまったが、手元に届くのが楽しみです。大学の時に同じ部活だった、男としてはあまり距離を縮めないでおきたいかなと思う同期が、この本が大好きと言っていて、熱く語りたかったけど距離が近くならないようにさらっとしか話せなかった思い出付き。誰か好きな人がいたら、コメントをくださいませ。伝説の時空移動小説です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました