『初雪』(奈良大阪⑧:天河神社・玉置神社)

うさ旅

はじめに

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 初めて天河大辨財天社に来た時の記事は、『天河神社』『朝の祈り』から。

 京都滋賀奈良の旅の総集編もご覧ください。

『初雪』

 朝、廊下のカーテンを開けると天川村はうっすらと雪を纏っていた。昨日の雪が積もったんだ。どうりで冷え込む訳である。

 「おはようございます。朝拝に行ってきます」

 早朝、外の井戸水を汲みにがてら台所に立つ女将のおばあちゃんに声をかけたら、おばあちゃんは優しい笑顔になって

 「顔が変わったねえ。柔らかくなった」

と言った。昨日はそんなに硬い表情をしていたのかな。一つ、大きなことが見直せたから、それが顔にも表れたんだ。ありがとうございますと伝えて、阿闍梨あじゃりと二人で雪化粧の中を歩き出す。道路には雪は積もっていないが、雪はまだちらちらと空から降りてくる。

 最初に天河大辨財天社の禊殿に向かう。江島直子さんによると、白麒麟である索冥さくめいが降り立ったのがこちらの禊殿の方らしい。日は昇っているが、周囲の山々がそびえるこの谷間にはまだ陽が入らない。空氣が白く凍っていると感じられるほどに冷たい。

 早朝参拝をしている人とすれ違うのは稀で、この朝の寒い時間に外に出ている村の人もいない。禊殿は厳かに何か鋭い空氣をたたえてそこに建っていた。

 風が吹いて寒いのに、禊殿の鳥居をくぐると不思議と風を感じなくなる。わたしには索冥さくめい(白麒麟)が残した氣配は感じられないけれど、ひとまずご挨拶は果たせた。そこから近年出土した磐座いわくらを探したものの見つけられず、そのまま天河神社の朝拝に向かった。境内は神職の方々や巫女さんが落ち葉を掻いて人の氣配に溢れていた。境内の摂社末社を参拝し、朝拝を待つ。夏と違って、冷え込む冬の朝拝は恐ろしく長く感じられた。けれども、祝詞の奏上が終わった後の宮司さんの短いご挨拶があり、「今日ご参拝の皆様、そして生きとし生ける全ての命が光り輝く一日になりますように」との言葉にまた泣いた。阿闍梨あじゃりが、そんなに泣くかなという顔でわたしを見ていたが、構わずに何も言わずにおいた。

 宿に帰ると朝ごはんが用意されていて、奥の台所で女将さんご夫婦と霊能者のおばちゃまが同じく朝食を摂っていた。女将のおばあちゃんが「おはよう。初雪が降ったねえ。私の記憶ではね、天川村では毎年12月4日の前後に初雪が降るの。私の記憶が正しければ、今年はちょうどその通りに初雪が降ったよ。あんたら、本当についてるよ」と、感心したように何度も「ついてるよ」と繰返した。わたしが普段見ない居間の大きなテレビでは、全国的に大雪が降った旨を各地を中継しながら報道していた。今日は全国的に雪に覆われたらしい。

 台所にいる霊能者のおばちゃまに、「昨日言って頂いたことが少し分かりました」と伝えると、「そう、すごいじゃなあい」と褒めてもらえた。朝ご飯を食べ終わったおばちゃまは居間の長椅子に腰かけ、テレビを見ながら他愛ない世間話や昨日のことなどについて話しかけてきた。そこにおばあちゃんも加わる。

 「あんたら、今日は玉置神社に行くんよな。昔、お父さんと一緒に玉置さんに行った時に、駐車場に車を停めたら、上の参道の方に白い着物と袴姿の男の人がおって、足の悪い人は上の道の方を歩きなさいって言いよるの。随分距離があったんだけど、声ははっきり聞こえてね。ありがとうございますうって言うて、お父さんとその人がいた辺りまで歩ったんやけど、周りには誰もおらんのよ。どこか他の道に逸れたんかなあって話したけど、片側は崖で人が逸れる道なんてないのよね。おかしいなあって言ってお参りをしたんやけど、確かに私が膝を痛めていたのに、不思議と歩けるんよ。そんで後から先生に聞いたら、それは玉置の神様よって言われて、びっくりしたんよね。」

 神様が目に見える姿で現れることなんて、きっとそうそうないと思う。このおばあちゃんもすごい方だ。

 「次はいつ来るの」

 おばちゃまから、まるで既に決まっているかのように聞かれて、わたしは内心、少しうろたえる。次。次の日程なんて全然考えていないけど。「昨日も行ったけど、受取りっ放しはだめよ。必ず神様にお礼をしないとね。だから、また来なさい」はい、そう答えた。それから出会った記念に、「あたし、写真は嫌いなのよ」と渋るおばちゃまを引っ張り出して、女将さんご夫婦とおばちゃまとわたし達5人で写真を撮った。そして出発の身支度のために部屋に戻った。

 出かけるというおばちゃまが、わざわざわたし達の部屋を訪ねてこられた。何やら少しお話しをされたそうだった。なので写真を送るためにおばちゃまの連絡先を聞くと、「え、連絡先。何で」と言いながら、まんざらでもなさそうな様子が可愛らしかった。そして、わたしが少し分かったことを改めてお伝えした。

 「わたしへの愛というのは、自分が失敗した時、何かがうまくいかなかった時に、わたしは自分を責めてしまうけれど、そうじゃないということですよね。どんな自分も受入れて、愛するということですよね」

 そうよ、書いて。そう言われて、持参したノートにおばちゃまから言われた言葉を書いた。

 「自分で自分を愛して、どんなことがあっても、どんなことがあっても自分で自分を許して、自分で自分に感謝する。矢印ね。そうしたら、他人を愛して、他人の全てを許し、他人に感謝するようになれるから。そうして、大きく人を受入れてあげなさい」

 感情を込めてお話ししてくれるおばちゃまの言葉に、また泣いた。阿闍梨が、昨日一人一人に神様がついているって仰っていましたけど、私達にもいらっしゃるんでしょうかと質問すると、おばちゃまはこう言った。

 「名前を言うと、それに縛られちゃうから言わないわ。だけどね、あなたの神様は、あなた方を思っていらっしゃる神様は、偉大な方です。目には見えないけど、信念を持って、自分を信じて、神対自分で生きなさい」


 あなた、ちゃんといい物を持っているから、頑張んなさい。そして、厳しいことを言ってごめんなさいね、と心から済まなそうに付け加えた。わたしはその厳しさの奥にある思いやりは受取ることができたから、全く嫌な思いはなく、本当にありがたかった。そしておばちゃまはわたし達が準備に戻るのを見て、じゃあ、またねと言って出かけていった。わたし達は荷物を出して、宿のおばあちゃん夫婦にお礼を言い、初雪の天川村を後にした。

 これから玉置神社までは約2時間かかる。どんだけ遠いのよ。それこそ玉置神社は、天河大辨財天社以上に呼ばれた人しか行けない秘境の印象が強い。今日はちゃんと辿り着けるのだろうか。天川村から玉置神社のある十津川村までの山道は、びっくりするほど細くて杉の落ち葉に覆われた心許ない道だった。しばらくその道に耐えていると、突然大きな道に出てひたすらその道を多分和歌山の方に向かう。そして神社が近くなると、世界遺産に登録されたのに「世界遺産」と書かれた手作り感のある小さな看板が道を示す。どきどきしながら細い上り坂を這い上がるように走り、駐車場に着いた。眼下には山の合間に谷が見える。着いた、着いた。時折陽が差す薄曇りの中、天河神社もまた雪がちらついていた。

 参道は宿のおばあちゃんが言っていた通りに長かった。本殿までずうっと歩く。本殿の下に辿り着くと、見上げるような階段が待っている。本殿はその上の広いとは言えない敷地にあった。本殿では、御祭神の国常立尊(くにのとこたちのみこと)、伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉冊尊(イザナミノミコト)などがお祀りされている。改修中の社務所周辺を通ると、彩色の襖絵が大量に修復されている旨が説明されていて、ここまでの道のりの大変さを思うと、少しでも役立てて頂きたいという氣持ちになり、少しばかりの寄進をさせてもらった。その先にある摂社の三柱神社はノイローゼに効くらしい。思わず笑ってしまう。そしてその奥の道を山頂まで向かう途中に末社の玉石社があり、いくつもの鳥居をくぐりながら山道の段差を上る。

 雲が晴れて陽の光が差す中、雪が空中からきらりと光って現れては消えてゆく。まるで雪の精のようだった。玉石社に着く頃には、大分息が上がっていた。阿闍梨の情報では、この玉石社はゼロ磁場で、方位磁針が狂うらしいのだけれど、真偽の程は定かではない。以前からゼロ磁場を体験してみたいと思っていたが、わたしは何も体感できない。山腹に散りばめられた境内をぐるっと回り、一息ついて駐車場に戻った。結構な道のりだった。

 「本殿で、神様から『氣楽にやれやあ』って感じの感覚を受取ったよ。あと三柱神社では、体がぐうっと前に引っ張られた」阿闍梨がそんなことを言う。いいな、わたしは最近何も感じられない訳じゃないのに、今日は特別な何かは感じられなかった。夜見ちゃんとあんなにすったもんだがあった割に、本当にわたしは玉置神社に呼ばれたんだろうか。

 それでも何かここに来た意味はあったんだろうと思い、また二時間半の道のりを奈良の橿原方面に車を運んだ。

まとめ

うさこ
うさこ

 宿のおばあちゃんと霊能者のおばちゃまと過ごした時間は、一泊二日とは言えどもとても濃密で、沢山の受取ることに溢れていました。阿闍梨あじゃりは、女将さんご夫婦のおもてなしが温かくて、おばあちゃんの家に泊まりに来たように安心感に包まれていたそうな。

 「自分で自分を愛して、どんなことがあっても、どんなことがあっても自分で自分を許して、自分で自分に感謝する。そうしたら、他人を愛して、他人の全てを許し、他人に感謝するようになれるから。

 わたしは何より、おばちゃまから頂いたこの言葉が胸に響き、その後もずっと御守りのように反芻しています。自分で上手く表現できなくて他人から理解されない時、事態が思うように運ばない時に、まずは自分を愛して、そんな自分を許して、そんな風に練習しています。

 夜見ちゃんに初雪のことを話したら、「雨はいつでも降るけど、初雪はその季節の最初に降る雪だから特別だよ」と教えてもらいました。すごい日だったんでしょうね。

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