ヤマネコの島へ(竹富島④西表島①)

 竹富島最終日の今日は、相部屋の方と一緒に朝昼兼用の食事を食べに行く。わたしはもずくそばを頼んだ。本州では麺ともずくを一緒に食べるという習慣がないから、もずくそばというのはここ竹富島や八重山諸島ならではという氣がする。その後、竹富島に来てからよく通った宿の近くのカフェで二人でお喋りした。わたしは黒糖のかき氷を、彼女は珈琲を頼んでいた氣がする。竹富島の後は西表島に行こうと思っていること、彼女のこれまでの旅行先のこと、彼女が西表島で行った場所や良かったガイド、宿などの話を聞いた。そう言えば、波照間島には汚さと面白さで有名な宿があり、八重山諸島の旅行者には有名で宿のゆんたくでも情報交換で大いに盛り上がった。彼女ともその話題で笑った。離島の情報にも詳しくて、客室乗務員というのは旅好きなんだなと彼女を見ていて感じる。

 わたしは港までのバスの時間までカフェで過ごすことにし、彼女とはここで別れた。カフェの方に出発の挨拶をした。わたしが泊まった宿はいつも夜遅くまでゆんたくで賑やかですねと言われた。宿の主人は島外の人で、島以外の人間が竹富島で宿を営んだり商売をするのは中々難しいのだと話していたことを思い出す。他の島でも事情は同じだと思うが、竹富島も保守的だそうで古くから島に住んでいる世帯を大切にする。つまり、島外の人間に対する警戒心は根強いらしい。この島に代々の土地を持っているということは、島の人々にとって本州のわたし達の感覚以上に大きな意味を持つ。島外の人間が島に住んだり商いをするには、それなりのきっかけやご縁が必要なのだそうだ。そして表立っては見聞きすることはなかったが、神司の女性達が代々見えない所から島を守っている。今の時代に神事なんてと言う人もあろうかと思うが、わたしは見えない世界にも役割があると思っている。見える世界と目に見えない世界、二つ合わさってこの世が成立っていると思うから。陰陽合わさって一つの世界だ。カフェの店主がわたしの宿の主人をどう思っているのかは分からないが、わたしから見た竹富島は、小さい中にそんな沢山の事情と時間軸が詰まった場所だった。そんな思い出を後にして、今日はこれから西表島に向かう。竹富島から一度石垣港に戻り、そこから西表島行きの船に乗る。

 西表島を行き先にしたのは、ここまで来たらあの有名な西表島に行かないとねと思ったからだ。わたしは猫派と言うか猫が好きだが、イリオモテヤマネコに関しては特に強い興味はない。八重山諸島を巡ろうと方針を変更した時も、西表島は第一の候補には上がらなかった。だが石垣港に行くと、待合所にはイリオモテヤマネコに関する注意が至る所に貼り付けられていて、選択肢になくてもイリオモテヤマネコの存在は否応なく認識させられる。「よんな~よんな~(ゆっくりゆっくり)」「運転速度には注意」竹富島のマスコットキャラクター「ピカリャー」の絵と共に、旅行者への注意が呼びかけられる。イリオモテヤマネコの交通事故をなくすためらしい。島の事情がよく分からないし、どうして石垣島にいる時からヤマネコに対する注意がここまで喚起されるのかもピンと来ない。ただわたしは、特別天然記念物のイリオモテヤマネコを有する西表島と言う島にせっかくなら行ってみようと思ったのである。

 宿は相部屋の客室乗務員から教えてもらった所が満室で、他にいくつか電話をしたが、港の近くで自分の候補になかった所に決まった。船は安栄観光と八重山観光フェリーの二社が就航しているが、波照間島から帰ってからだったか、一度安栄観光の窓口で当時の課長という方から西表島の情報を詳しく教えてもらっており、その情報がかなり物好きな内容で変態と言われるわたしにはとても興味をそそられる物だったから、そのお礼に安栄観光を利用することにする。念の為、という氣がして往復分の乗船券を購入した。このご縁と選択が後のわたしの運命を握るのだが、この時はまだそのことを知らない。石垣港から西表島までは約一時間の船旅だ。初めての旅行先にまたどきどきする。石垣港から船に乗った。

 西表島には北西側の上原港と南東側の大原港の二港があるが、上原港の方が栄えており、大体の旅行者は上原港に着くらしい。初めて見る西表島の上原港はこじんまりとしていた。土産物屋は17時で閉まっていたし、港は下船した人が捌けると閑散としている。徒歩で宿に向かい、昭和の建物感そのままの宿に入る。宿は昔からのダイバー向けの宿のようで、ダイビングをしに来ているという男性客が一人いて話を聞いた。彼はダイビングをしながら海中の写真を撮っているそうだが、ヤマネコも探して歩いていると言う。ヤマネコの交通事故情報も日々確認しつつ、他の人の目撃情報を頼りに島を回って、これまでにも何回か見ることができたらしい。注意深く見ていれば、三日に一回位は会えるのではないかとのこと。ひとまず最初の情報収集を終え、夕飯を食べに外に出る。

 目当ての店から引き返してくる男性がおり、案の定その店は閉まっていた。どうしようかと思いながら引き返すと先ほどの男性が待っていて、話しかけてきた。この男性も夕食を食べる場所を探していると言う。一つ、他に氣になっている店があるが、玄関の様子が心許なくて中に入れなかったらしい。料理の写真を見ると、そこそこ良いお店なのではないかと思うのだ。試しに一緒に行ってみないかと誘われた。一見した人となりはそこまで危うそうなおじさんではない。旅のご縁は断らないのがわたしの流儀である。八重山旅の最初で忠告された通り、自分の身を守ることは最優先で考えつつ、旅の展開を図る一環で付いて行ってみることにした。

 向かった店は獲れたての海鮮が中心で、値段以上の食事量だった。おじさんは会社員で大幅な売り上げを上げた後で一念発起して起業し、現在二年目とのことだった。会社員時代から準備をしてきたこともあり、経営は順調だそうだ。その話を聞いて、またもやわたしは進みたくても先に踏み出せない自分の身の上相談をした。初対面でお互いに名前も名乗らないながら、話している内容はかなり込み入っている。先に進むことへの不安は、準備を怠らないことで払拭できるとおじさんは言った。話を聞くと、このおじさんも会社を数社渡り歩き、家族を養えない薄給時代を払拭すべく、最後の会社では相当奮闘した様子だった。誰もが人生の中で闘っているものだな。そんな話をしていたら、二年目社長のおじさんは氣を良くして店主を呼んだ。料理も美味しく、値段以上にお得な量で、店主にお礼を言いたいのだと言う。出てきた店主はわたしと年の頃がそう変わらない男性で、若いながらに西表島での起業を思い立ち、島の有力者との人脈を築いたり資金調達の苦労をしながら開業に漕ぎ着けたそうだ。その話はおじさんの胸を打ち、起業とは何ぞやと言う話から二人は大分意気投合していた。その流れで、話は今日のおじさんの旅の話になった。おじさんはとても緻密な旅行計画を立てる人で、今朝西表島についたと言う。すぐにレンタカーを借りて浦内川の遊覧船に乗りその先の滝まで行って戻った後、イリオモテヤマネコを探すために上原港側から大原港までの道路を車で走ったらしい。昼食後で眠氣が頂点に達する頃、ヤマネコ注意を呼びかけるラジオではっとすると、50m先の道路の端にひょこっとタヌキのような生き物が現れた。それは少しだけおじさんの方を見た後に、また道路から森の方へ姿を消したのだと言う。これはひょっとしてイリオモテヤマネコなのではないかと思うのだが、どうだろうね。西表島一日目でそんな幸運などあるのだろうか。そんな話をした。その話を聞いていた食事処の店主は、それは恐らくヤマネコだろうと言った。西表島はヤマネコを保護するための条例があり、家猫は室内飼いをすることになっている。他に四つ足の動物は限られており、野生の猪かイリオモテヤマネコのみだ。ヤマネコは尻尾と耳が丸いため一見するとタヌキに見えると言う。他の観光客がリスだと勘違いしていたと言う話もあるそうだ。ただし、ヤマネコとの遭遇率は極めて低く、稀におじさんのように初日で見たとか、一日のうちに複数回見ると言う幸運に恵まれる人もいるが、そういうことは滅多にないそうだ。わたしは西表島初日に「西表島一日目でイリオモテヤマネコを見たおじさん」に遭遇した。この店主の情報とおじさんの体験が、全く興味がなかったわたしのヤマネコ探しに火を点けた。たった今、わたしが西表島ですることは決まった。わたしの照準は、イリオモテヤマネコを探すという命題に絞られたのである。

 そんな話で大層盛り上がった後、おじさんはまたまた氣を良くして店主にわたしの宿泊先の交渉をしてくれた。店主は宿も営んでおり、おじさんのベタ褒めもあって、翌日から格安の値段でわたしを泊めてくれると言う。更に、一日間はレンタカーも格安で貸してくれることになった。金銭的に苦しかったので本当に有難い。おじさま様である。大量の収穫を得た晩御飯からの帰り道におじさんから今後もお付き合い願いたい旨の話があったが、どことなくおじさんの地方の愛人に昇格しそうな雰囲氣があったため、旅の一期一会として名前も明かさずにお暇した。色々と配慮してくれた旅のご縁には心から感謝したが、それとこれとは別である。

 その夜、宿泊先で洗濯物を干そうと外の物干し場に出た。すると、何やら暗がりで目が二つ光っている。少し離れた植え込みから出てきたのは、猫の形をした黒い影だった。

 心臓がどくどくと音を立てる。わたしにも初日から幸運が訪れたのだろうか。

 まさか。

 ーこれは、イエネコ?

 細くて長い尻尾。耳は、尖っているかどうかがわたしの視力では定かではないが、丸くはないような。尻尾の感じからは、今日聞いたヤマネコの条件には当てはまらない氣がする。視力の悪い自分の目が恨めしい。家猫は外にいないのではなかったか。

 わたしの西表島初日は、ヤマネコをかすめる出来事ばかりだった。

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