島という場所には特有の事情があって、本州など島以外の環境で生活しているわたし達の予想とは違う事態に遭遇することがある。
その一つが食事である。
島というのは土地の面積が限られるため、そこに住む人の数も自ずと限られる。観光客がどれだけいても、食事処を営む島の人の人数には上限があるため、店舗数も定まってくる。そのため、食事をするお店の確保は思った以上に重要な項目になる。島の店が埋まってしまえば、あぶれた人は食事にありつけない。そしてその確率は高い。そのため、宿には各飲食店の連絡先が置かれていたりする。
ニシ浜で心が真っ青に染まって宿に戻ってきた初日の夕方、宿のすぐ近くにある飲食店の料理に惹かれて事前に電話をかけた。今夜は既に予約でいっぱいだと言う。やっぱり人氣店なんだなと思う。土地勘もなく、自転車でどこまでいくことができるのか距離感も分からない。夜に一人で知らない土地を歩くのは、軽い方向音痴であることを考えると氣が引けた。
島には商店がない代わりに、日用品から食品まで生活に必要な物を取り揃えた共同売店というものがある。コンビニを思い切り昭和感で染めた古い小さなお店といった雰囲氣で、島の人も買い物に来るから、物価とか島の生活の様子を感じるために覗いてみることにする。わたしの宿は安い代わりに食事はなく、自炊がかろうじて可能な最低限の調理器具は置いてあるため、今夜と明日の朝食は共同売店で何か買って凌ぐことになるかと思った。
共同売店には波照間島の特産品であるサトウキビから絞った黒蜜や黒糖、その関連商品などのお土産品から、パン、冷凍食品、プリンやお豆腐、お野菜などの食品、洗剤や歯ブラシの日用雑貨などの商品が幅広く置かれている。基本的に本州のスーパーで取扱われている商品と同じ物が入ってきている様子だった。わたしはお豆腐と薩摩芋を買ったが、薩摩芋が100g単位の値段で想像していたよりもいいお値段で会計で少しびっくりした。野菜は石垣島から船で入ってくるそうで、島ではあまり作っていないような雰囲氣だった。基本的に加工された食べ物は控えていることもあり、今日明日の二食は薩摩芋と島豆腐と言っていいのか分からないけれど、お豆腐になる。何とも味氣ない食事である(笑)。宿に帰って、電磁調理器で薩摩芋を茹でて、お豆腐は冷奴にする。醤油は持ってきていないが、いつも塩を持ち歩いていて、人間最後は塩があれば食事ができると信じているため、芋と豆腐を塩で食べた。薩摩芋は塩で何とかなるが、お豆腐に塩は本当にいまいちである。本当に味氣なかったとしか言えない。人と一緒じゃなくて良かったと思う。
宿のご主人から波照間島は星が綺麗だと言われて、夜に星空を見に出たが、暗くて狭い路地に宿や民家が立ち並び、屋根や植木で星が見えない。宿から離れたら確実に迷う自信があったので、南十字星だろうが最高峰の星空だろうが直ぐに諦めて部屋に戻った。わたしが行きたいお店は夜遅くまで客の声で賑わっていた。
波照間島に来る日の朝、石垣島のゲストハウスで洗面などの用意をしていたら、ある女の子から声をかけられた。彼女も一人旅をしているらしく、わたしから一日遅れて波照間島に行くと言う。話が弾んで、わたしの波照間島滞在二日目に一緒にニシ浜で泳ぐことにした。そのため、波照間島二日目の朝は、彼女が乗った船を出迎えに港まで行った。彼女はシュノーケリングを趣味としていて、石垣島の海にも結構入っているらしい。わたしも初日に見た一人シュノーケリングの女性達が借りたであろうシュノーケリングセットを借りて、彼女に連れ立ってニシ浜に入った。それにも関わらず、わたしのシュノーケルは壊れていて、息を吸うと水が入ってきて恐怖だった。途中からシュノーケルを使わず、背泳ぎやバタ足で少し沖まで泳いだ。ニシ浜は、遠浅の珊瑚(死骸らしい)の領域を越えると一転して水深10m位の白い砂底と青い海になる。その水中で宙返りの練習をする彼女は、天国で泳いでいるように見えた。わたしはシュノーケリングって全く興味がなかったけれど、彼女が泳ぐ姿を見てわたしも泳げるようになりたいと氣持ちを新たにした。
少ししてから海から上がり、今日の昼食を摂るお店について色々と話をした。二つ程感じのいい女性好みのお店があるが、一つはここ数ヶ月休みを取っていて、もう一つは不定休だが今日はやっているらしい。浜辺でしばらく話をしているうちに、確か13時を過ぎたのだと思う。そしてわくわくしながら目指す飲食店に向かったところ、店員は13時半で注文を締め切ったと言う。時計の針は13時40分を指そうとしていた。浜辺で話していた時間が悔やまれた。しかもわたしは、彼女が年下だったことから何か偉そうに自論を吐いていた。そのことも重なって二重に申し訳なかった。急いで周囲の飲食店を調べて、少し迷いながら客の居ない店に辿り着くと、そこはまだ食事が出せるとのことでほっとした。タコライスを食べながら、お互いの身の上話をした。一定の年齢になり自由氣ままに動いて旅をしている者同士なので、感覚が同じなところは話が合った。彼女はその日の夕方の船で石垣島に戻って行った。
その日の夜は、昨日諦めた近くの人氣店に行こうと決めていた。しかし、電話をかけると今日も予約でいっぱいだと言う。何時に空くのか聞いても分からない、いつから予約が埋まるのか聞いても知らないうちに埋まると言われて少しむっとした。仕方なく、自転車で行けそうな距離にあるお店に何軒か電話をかけて、席が空いていると言われた店で時間を潰しながら、頃合いを見てその目当ての店を目指そうと思った。一軒目は予想もしていなかったバーで、おつまみを一人分に小分けにしてほしいと頼むと「うち、そう言うのはやっていないんで」と言われて内心驚愕した。全て冷凍食品を調理して出しているようだった。完全に食としては外れだ。店主の男性は島の出身で、一度関西に出たが島に戻ってきて家庭を持ったと言う。今はインターネット通販で何でも届くので、島の暮らしもそこまで不便ではないそうだ。満腹になる前に、切り上げて店を出た。
目当ての二軒目は、昨日と同様に入口に「只今満席です」の札が立ててあり、店内はこれまた昨日と同様に客で賑わっている。宿で少し時間を潰して、ようやく頃合いかと思って店に出向いた。まだあの札は立っている。でもここで諦めるわけにはいかないの。わたしはここの長命草の餃子が食べたい。意を決して引き戸を開けると、店内には隙間がある。席に座ろうとすると、注文は21時で締め切ったと言われた。時計を見ると21時2分だった。早く言ってよ。泣きそうになりながら頼み込んだら、あんかけ焼きそばなら作れると言われたので、お腹は割といっぱいだけどそれで手を打つことにした。カウンターに座ると、一席挟んで一軒目で同じくカウンターにいた男性がいるではないか。耳が聞こえないようだが唇を読んで話ができるみたいで、真面目そうだし健康そう。独り身っぽいし。こういう人と結婚するといいのかもなあ。でも、わたしが求めている人ではない。それに、旅先で見知らぬ男性と変なご縁ができて身の安全が図れなくなっても後々ややこしい。見た目だけでは人柄なんて分からない。要らぬ縁は繋がぬことだ。あんかけ焼きそばは美味しかった。ご店主は島の人で、一緒に働いているおばちゃんはちゃきちゃきの大阪人だった。思い立って移住したと言う。店主に、波照間島以外で八重山諸島で好きな島はあるかと尋ねたら、そのおばちゃんに「この人にそれを聞くのはだめよ」と釘を刺された。誰にとっても、ふるさとは大事な場所なんだなと反省する。島のあれこれ、おばちゃんの愚痴混じりの仕事への熱意、島への想いを大人しく聞いていたら、おばちゃんと仲良くなった。島の事情にも少し通じた。こういう時間が欲しかった。星空を見た記憶は薄いが、一人で収穫した島の時間に満足だった。

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