『わかめ刈り』(宮城県石巻編②)

うさ旅

はじめに

 前回の記事はこちら

 前回から、わかめ漁をしたいと思って訪れた宮城県石巻での体験記を連載しています。

 今回は憧れていたわかめ漁の初日です。

『わかめ刈り』

 当日は早朝5時に集合だった。

 前日に石巻駅近くにある安い宿に泊まり、市街地から早朝だと30分ほどで現場に到着するというパソコンの道案内を信じ切って、4時半前に宿を出た。端末に切替えて道案内を起動すると、現場まで40分かかると表示される。少しすると30分に修正されたが、そんなことをやっているうちに時間が過ぎて行くので、焦って少し飛ばし氣味に現場に向かった。

 震災からの復興工事で、市内の道路は広く整備されていた。早朝のため車も少なく順調に走行したが、雄鹿半島に差掛かった辺りから、道路は急に山道になった。勾配もあるし、曲がり道もきつい。そして現場まであと5分の漁港周辺に着いたと思ったら、また細い山道を上り下りさせられる。嘘でしょ、また山なの。間に合わないよ。5時を1分過ぎて、集合場所の現場に到着した。

 おはようございますう、遅れてしまってすみませんと言いながら、走って挨拶をする。

 「山みぢをけっごう上り下りしだでしょ」

 初めてお会いする漁師さんは、怒る様子もなくそう話しかけてくれた。

 急いで昨日揃えたばかりの長靴を商品の札が付いたまま履き、作業用の高級雨合羽を借りて着替えをする。男性用の最小の大きさだったので、裾を踏んでしまう。手ぶぐろは持っでないでしょ、はいっ。そういって、厚手の手袋も手渡された。日の出前の雄鹿半島の朝は3月下旬でも冷え込んだが、「そのダウンジャケッドは、いらねえな。あづぐなるよ。そのリュッグもいらね」そう言われて、体一つで船に向かった。

 収穫用の籠が積重ねられた小型の漁船に「乗っで」と言われて、岸に取付けられた取手を伝って船に降りる。ええと、なんて戸惑っている暇はない。岸に繋がれていた綱が外され、エンジンをかけた船が港を離れる。他の二人の男性は船のへりに腰掛けているが、時折波で揺れる上に取手もないので海に落ちたら嫌だと思い、わたしはしゃがんで掴めそうな所を掴んだ。踏んづけてしまうので、胴長の裾を大きめに折る。風を切る体は冷えて、手袋の中の手先が冷たく拳を握った。今日は曇っていて、日の出は見られそうにない。

 漁場に着くと、等間隔に綱に植えられたという表現で正しいのか、長く伸びたわかめがぶら下がる綱が海の中から引上げられる。最初に、漁師さんから鎌を使った収穫の仕方を教わる。わかめの葉の部分だけを刈り取るように、茎に近い上部と末端は切落とす。そうやって、漁師さんを含めて4人で、船首から船尾にかけて引上げられた綱に等間隔に並ぶわかめの株を片っ端から刈る。葉の部分を全部刈終わると、今度は綱を少し下げて、茎の根本に大きく付いためかぶだけを切取って船の中に取付けられた大きな網にほぼ投入れていく。他の方達に遅れないように、また自分の周辺が終わっていないと左右の方達が刈りに来るので、内心悲鳴を上げながら、できるだけ手早く刈取る。ひと区画が終わったら、また次の箇所へ。この作業をひたすら繰返す。

 海は凪いでいても、海面に停止した船は小さな波で大きく揺れる。け、結構揺れるね。これは、氣を抜いたら酔うかもしれない。中山さんの忠告通りに、今朝はほとんど食べずに来た。そして集中すると酔いにくいと言っていた言葉も蘇る。なるべく作業に集中しようと務めた。

 船に積んだ籠が満杯になり、港に戻って陸揚げをした。奥さんが港で待っていて、船酔いしてねがなあって声を掛けてくれた。大丈夫ですうと船から返す。これで終わり、にしては日がまだ低いと思っていると、また籠を積んで出港した。刈取りを2回することがあるとは聞いていたが、もう一度行くんだ。わかめを抱える左手、鎌を持って刈取る右手、めかぶを刈って網に投入れる左手、結構きついと思った。それをもう一回やる。体力的には何とか持ちそうだが、かなり筋肉痛になることは覚悟しなければならないなと思った。

 他の作業員さんが、酔っていないですかと確認してくれる。今のところは大丈夫ですと答えると、酔わないだけで合格ですよと言われた。そうか、よかった。そして再びあの作業に戻る。

 わたしは子どもの頃から武道に興味があった。小学6年生の時に、テレビで中国の少林拳育成学校の番組を見て、一糸乱れぬ精鋭の子ども達の鍛錬風景に憧れて、少林寺拳法を習い始めた。中学校では剣道部に入った。どちらも氣持ちばっかり尊大で、大した練習もせず昇給試験にも全くもって消極的だったので上達はしなかったが、大人になってからも日本古来の體術を始めたりして、思い起こせばずっと武道に縁があった。一年ほど前に、足の写真からその人の魂と話せる方の面談を受けて、日本で忍びのような訓練を受けていた集団の一員だった過去世があると言われたが、そういうこととも関係があるのかもしれなかった。

 鎌を握りながら最速でわかめを刈る作業を繰返しながら、わたしは次第に奇妙な感覚に襲われた。

 男達が戦っているのだから、足手まといにはなりたくない。女でも刀を持って戦える、戦場で斬ることができるんだということを示したい。だから體術を習った。結局、重い刀を振り重い人の体を斬る時、単体ならいざ知らず、複数の相手を斬続けなければならない場合に、体幹で刃を動かしていく必要がある。大振りはしない。なぜなら刀自体が重いから、長時間戦うことが困難になるためだ。効率よく体を捌いていく必要がある。その感覚とわかめを刈る作業が似ていた。

 でも、男の人みたいに体力がない。わかめだって、手慣れた男性には全くもって敵わない。一人二人は太刀筋よく斬ることができても、次々と襲ってくる相手を同じ速度で斬続けることができない。悔しい。一人では一掃できない。一掃できたらかっこいいのに。結局、男に守られる立場になるじゃない。これじゃ足手まといだ。そんなんじゃ意味がない。こんな風になるならば、女で生まれるという宿命を負っている以上、男と肩を並べて戦に出ることなどせずに、守られるだけのか弱い存在でいた方がいいのではないか。見方を変えたら、守る女性がいた方が男も強くなれるかもしれないんだし。一体どうするのが一番いいというのだろう。

 わかめを刈りながら、過去の記憶と目の前の感情が入混じる。氣付くと、一人でそんな葛藤をしていた。

 そしてこれは、どこかの誰かの記憶だと思った。わたしは何らかの戦乱の中で、男に守られるだけの女ではなく、男を守るために、男の力になるために自分も戦いたいと願ったある女性だったのだろう。

 「終わるよう」

 漁師さんの掛け声が聞こえる。籠は再びわかめでいっぱいになった。ほっとした。腕だけではなく、船の揺れに耐え切れず船のへりに付いてしまった膝が鈍く痛んだ。きっと痣になるだろう。作業は単純だが、体にはこたえた。

 港に戻ると、今度は近所のお手伝いの方達と一緒にめかぶを広げて、一株ずつ茎から削ぐ。めかぶってどうやって食べるんですかなんて漁師さんの奥さんに聞いていたら、ああ、あれかあと、刻まれて個包装された商品とようやく繋がる。元のめかぶって、こんなだったんだあ。茎から削ぐと、バッハの時代につけていたひだの多い襟巻きみたいである。それの黒いやつという感じだった。

 作業は10時前には終わった。

 明日は波が出るので休みになる可能性があると聞いていたが、午後の早い時間に休みの連絡が来た。お給料は減るが、体を休められる。

 わかめ漁一日目の夜は、明日が休みなのをいいことに、戦乱の世に女として抱えた葛藤にまだ悶々としながら、いつものように夜更かしをしてしまった。

まとめ

うさこ
うさこ

 初めてのわかめ漁での刈取り作業で、吊下げられたわかめを抱え、水浸しになりながら鎌を振いました。帽子をかぶっていなかったら、頭はきっとびしょ濡れでした。何とか揺れにも耐えて船酔いもせず、岸に上がることができてよかったです。膝は案の定、痣になっていましたよ。教えてもらったんですけど、痣って、痛いの痛いの飛んでいけみたいに優しく撫でていると治りが早い氣がします。要らぬ豆知識を挟む(笑)。

 でも、わかめの現場を見られたし、船の上での作業ができて、わかめの株に不思議な生き物がいたり、めかぶの本体を見ることができて大満足でした。

 体力的には、古武術的な鍛錬と体づくりをしていることもあって、わかめ漁でどのぐらい自分の体が使えるのかを試してみたいと一生懸命刈りましたけど、まだまだでしたねえ。何やら知らない女としての葛藤と不思議な記憶が湧き上がってくるしで、うさこならではの体験をしたという感じでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました