『わかめ漁に憧れて』(宮城県石巻編①)

うさ旅

はじめに

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 実は一昨日まで石巻市にいまして、今回からできたてほやほや、「うさ旅、宮城県石巻編」です。

『わかめ漁に憧れて』

 ちょうど一年前の2024年3月に、友人が企画した催しで宮城県気仙沼市に行った。東日本大震災の被災地を訪れてみたくて気仙沼の他に地図を見ていた。すると、そこから陸前高田市が近いことが分かった。三陸道を使い、車で20分程の距離だった。地図を見ていると、大きな被害のあった大船渡市はその隣、同じく車で20分位の場所にある。南三陸のリアス式海岸特有の地形は、海に突き出た小さな半島と、その次の窪んだ土地が交互に現れ、震災当時よく地名を聞いた被災地は、その窪んだ土地に連なるように位置していることが分かった。

 陸前高田市は、奇跡の一本松で有名な場所だ。そこには津波伝承館が建てられ、道の駅が併設されていた。閉館時間ぎりぎりに到着して津波記念館を足速に見て回る。その中の被災者の手記が目に止まった。「この陸前高田の海はとても豊かな所でね」季節によって海で採れる海藻や魚介類が異なり、その恵みを得ることが楽しかったのだと、そう書いてあった。

 閉館時間になって、隣の道の駅で何かお土産を買いたいと思った。添加物やお砂糖を使わない商品を探すものの、そういった物はなかなか見つからず、うろうろしているうちに海産物の冷蔵棚に塩蔵わかめが並んでいるのを見つけた。お菓子とかに比べて買う人が少ないのか、ずらっと並んで割引されていた。

 土地の物を買いたいと思い、そのわかめを自分へのお土産にした。帰宅して水に戻して食べたそのわかめが、初めて食べる美味しさだった。肉厚で歯応えがあり、でもちゃんと噛み切れる。色は深い緑色をしていて鮮やかである。こんなわかめを食べたことがなかった。これだけで、あの被災した人が手記で綴っていた陸前高田の海が、どれほど豊かなのかが分かる氣がした。毎日袋から取出して食べるのが楽しみになった。

 今までは家庭菜園をやって畑で採れる物のことしか知らなかったけれど、このわかめをきっかけに海産物などの海の恵みにも興味が湧いた。いつかわかめが生えている所を見てみたい。海の中でどんな風に生育して、どんな風に収穫するのか知りたい。わかめ漁のアルバイトをしてみたい。そんな氣持ちを仲のいい人に時々漏らすようになった。けれども、他のことと同様に口で言うだけで、自分では特に調べたり行動を起こすことはないまま時を過ごしていた。

 そんな中途半端な氣持ちにも関わらず、今年に入ってから地球防衛軍のキャプテンにその話をした。そうしたら、世話焼きの兄さんはわたしをわかめ漁に繋げようと、当てを探し始めた。更に石巻市でわかめ漁の手伝いをしている人が知人にいると言って話をつけて、紹介までしてくれた。わたしが行きたいのは岩手県の陸前高田市で、宮城県の石巻市ではないんだけどな。でも、それじゃあと、二月中旬にひとまず陸前高田の漁協組合にわかめ漁について問合せをした。

 回答は、漁期が三月半ばからなので、三月上旬に再度連絡してほしいこと、船に乗ってわかめ漁をするのは男性の仕事であり、女性には陸の仕事をしてもらっていると言われた。恐らく、わたしはわかめの塩蔵加工作業になるのだろう。

 その回答を以て石巻市のわかめ漁の状況を聞くと、そちらは女性でも船に乗ってわかめを狩る作業ができるらしい。多少、体力面で大丈夫なのか聞かれたり、船酔いのしやすさを確認されたが、體術での鍛錬はしているし、御蔵島と八丈島に行った時は船酔いしたが、どちらかというとそれは体調不良が原因で、調子が悪くなければ酔わないだろうと回答した。

 そして、なぜわかめ漁に参加したいのかと理由を聞かれたので、こう答えた。

 「わたしは第三次産業に就くのが収入も高くていい道だと教えられて育った世代なんですが、最近、第一次産業って実はとても豊かな仕事なんじゃないかと思うようになりました。生きることと直結しているというか、自然と共にあるお仕事なので。そういうことにも興味があります。自然と共にある生き方ってどういうことなんだろうって、最近よく考えます。」

 そうしたら、その方は第一次産業のくだりにいたく共感してくださった。

 キャプテンが紹介してくれたその方を、仮に中山さんとしよう。中山さんが一週間ほど漁を離れる期間があり、そこにわたしの予定を入れるために調整してくださるという。見ず知らずのわたしのために、ここまで親切にする義理なんてあるのだろうかと思う程、漁師さんとの調整を買って出てくださった。

 その状況を前にして、またいつものように不安を吹聴するわたしが自分の中に現れる。そもそも遠いし、お金もかかるし、漁師さんが果たしてわざわざ遠方からわかめ漁に参加したいという変わり者のわたしを受け入れてくれるのか分からないし、色々とやることがあるし期日が迫っているし、アルバイトとは言え宿を自分で確保しなければならないし。日給を考慮し、なるべく安い所にする必要もあるが、そんな所が見つかるのか。言い訳や不安、できない理由はいくらでも出てくる。それなのに、話はどんどん進んでいく。覚悟が決まらずに返信を一日先延ばしにしたりしたが、こういう意識が開いてきている人はそんなことにも怒らない。こんなに好意だけでわたしのわかめ漁を実現まで支えてくれている方がいるのに、直前になって断ることも失礼になる。

 ようやく腹を決めて、石巻の雄鹿半島にある漁場にお世話になることにした。中山さんは、漁の集合場所まで事前に画面通話で現地から生配信して説明してくださった。なんて親切な方なんだろう。

 宿でも混乱していたが、いつも使っている予約サイトを使えば、何とか条件に収まりそうな場所をすぐに見つけることができた。できないと思い込むと、それ以外の可能性が心理的盲点に入って見えなくなり、できることもできなくなる。人の意識の力ってすごいね、と感心している場合ではない。

 そんなこんなで、まずは三日間、船に乗ってわかめ漁に参加させてもらうことになった。

まとめ

うさこ
うさこ

 普通は、買ったわかめが美味しかったらもう一度買うだけなんでしょうけど、そこは変態うさこのわたくし、実際のわかめの海をこの目で見て収穫してみたくなる性なんです。その癖に、いざ実現するとなると、自分でびびっているんですけどね(笑)。

 道の駅の正式名称は、「道の駅 高田松原」でした。一帯が「高田松原津波復興記念公園」として整備されていて、津波の被害と復興への意志をわたし達に教えてくれているそうです。

 陸前高田の町はこの平地の奥まで真っ平らで、建物は何もなく、全て津波で流されたのかと思うと信じられない氣持ちでした。

 でもその恐ろしい海は、わたし達に恵みを与えてくれる本当に豊かな海だったんだと、残酷さと美しさに打ちひしがれる想いがします。

わたしが買ったわかめはこちら

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