『旅の充足』(宮城県石巻編⑤)

うさ旅

はじめに

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 早朝から仕事を始めて午前中に終わると、一日が長いですね。雄鹿半島に向かってから石巻市街地に戻る経路で、沢山の景色と人の想いに触れた旅でした。

『旅の充足』

 最後のわかめ漁が終わり、漁師さんの奥さんがいよいよとなってわたしとのお喋りを切上げるまで居座ったあと、お二人と離れ難く別れの挨拶をして作業場を離れた。

 そこからどこまで行こうかと行程を考えたが、結局、昨夜立ち寄ったおでん屋さんで勧められた雄鹿半島の先端にある「おしか御番所公園」に行くことにする。作業場から22分と、近からず遠くもない距離にある。

 お昼ご飯をどうしようか迷いながら、車を走らせていく。本当は今日、漁が終わった後に奥さんにめかぶを刻んでもらってめかぶ丼にしようと、ご飯だけを買ってきていた。このご飯をどうにかしないと。

 しばらく行くと、右手に「ホエールタウンおしか」という建物が現れた。道の駅のような外観をしている。そういえば、鮎川浜はクジラ漁で有名な場所だと誰かから聞いた。ということは、もう鮎川に来たということだ。

 ご飯のおかずになりそうな食べ物を探して中に入る。建物内の二軒の食堂では、クジラを取扱っていた。さすがに、おかずだけの持帰りはなさそうである。他にお土産物屋を物色して、何かないかと探す。冷凍の刺身用のほや、鯨のジャーキー、味付けのり。そして、クジラの缶詰。

 前に、友人から矢作直樹さんと並木良和さんの対談本を借りた。クジラは霊性が高く、5次元の周波数を彼らの大きな体に降ろして錨のような役割をしているという話があった。地球が5次元に移行していくと、人間も動物のお肉はあまり食べなくなるらしい。クジラも、彼らの役割や霊性の高さを考えると、あまり食べない方がいいような話だったように記憶している。ちなみに、ネコ科の猛獣は宇宙からよからぬ地球外生命体が入ってこないように目を光らせているそうだ。ネコ科の話をしたら、親しくしていたある方から「誰がそんなこと言ってんの」と怪訝な顔をされたという懐かしい思い出もある。わたしは、猫が家の中で何かを見張るようにあらぬ空間を見つめるように、ネコ科の猛獣達も砂漠や森の中からあの鋭くて美しい瞳で宇宙を見つめている絵が浮かぶけどね。

 クジラの缶詰を見つめてその話を思い出していた。でも、あの丼用の容器に入ったご飯に、クジラの缶詰は合うよなあ。図らずもクジラの町に来たしね。なるべく添加物の少ない商品を選んでお会計をした。売店のおばさまが、日本の商業捕鯨が再開されていることや、外にある捕鯨船が3.11の津波でも流されなかったことなどを教えてくれた。旅先で食べるクジラ缶丼は、また楽しい味わいだった。記念ということで。さて、おしか御番所公園まではもうすぐだ。

 おしか御番所公園は坂を登った先に展望台があって、ここまできた雄鹿半島を一望できる。北側にはあの金華サバで有名な金華山、南にはまた別な島々が浮かぶ。来た場所を望みながら、雄鹿半島まで来てわかめ漁をしたんだという実感がようやく胸に迫ってきた。たった二日間だけど、やり切ったぞと。

 帰りは、またおでん屋さんに勧められた萩浜に向かう。そこに設置された「White Deer」という鹿の作品を見る。この作品は、東日本大震災の復興を祈念して2017年から開催された、美術と食と音楽の総合芸術祭の作品の一つだそうだ。店員さん曰く、その場所の氣がいいので感じ取ってみてほしいという話だった。漁村の中の、こんな所を入って行っていいんですかと思う道を行くため、周辺で迷いに迷い、そこの漁師さん達の視線を感じながら、ようやく着いた。わかめ漁で思いの外体力を消耗していたようで、到着して1時間半程、駐車場で眠ってしまった。

 鹿の像までは海辺沿いの山道を少しだけ歩いて行く。木立の間から真っ白い鹿が見えてくる。

 確かに、そこだけ風が通り、開けた感じがある。けれども、何か濃淡がある。像から離れた場所と像の近くを比べると、この「神の使い」と言われる迷い鹿を象った白い鹿の像に神聖な氣が宿っている感じがする。震災への鎮魂や何らかの祈りが込められ、神様へと通じる意図を汲んで、これを依代として神様の意思が降りているようなそんな空氣がある。あくまでわたしの体感で、どこまでそのような作業が行われたのか全く知らない。けれども、形ある所に神の意思が宿るというのはあるように思う。

 昼寝の分だけ少し遅くなりながら、石巻市街地を目指す。帰宅時間に重なり、道路は少し混んできた。海岸沿いは、やっぱり新しい家が多い。区画が整理され、ここも津波で更地になった場所だろうと想像がつく。その中で「蒸しパン」という可愛い看板を掲げた温かみのある建物が目に入り、入りたい、と突然思った。天然酵母を使った蒸しパンらしい。そこまで材料は悪くないだろう。急遽、渋滞氣味の道路を引返す。

 手作りの蒸しパン専門店は、国産の材料を使い、せいろで蒸した手作りの品々だった。会計を待ちながら店内の農家さんの絵本をめくっていたら、お店の方から話しかけられた。農業への関心や、わかめ漁で働きにきたことを話す。「えええ、わかめ漁をやったんですか。それも船に乗って。大変だったでしょう」わかめ漁の作業を分かっていらっしゃるようで、少し話に花が咲いた。買った蒸しパンを店内で頂きながら、震災の話になった。別な資料によれば、石巻市は津波犠牲者最多の市区町村だったそうで、お店の方も、小さい子どもから大人まで、一夜にして大勢の方の死に接したそうだ。見せてもらった写真はどれもすごい惨状で、街は瓦礫の山だった。わたしも子どもの頃に多くの人の死に触れたから、その痛みは自分のことのように感じられて、沢山の人の悲しみに涙がこぼれた。

 「今日当たり前にあることが、明日も当たり前にあるとは限らない。震災でそう学びました。津波で流されて真っ暗になったこの道路に小さくてもいいから火を灯したい、人生は一度切りなんだという想いを込めて、Onceワンスっていう名前にしました」

 被災したこの地で、きっと多くの胸の痛みを乗越えてきたそのまぶしい笑顔に、称賛を送りたかった。話が聞けてよかった。

 そうやって寄り道をして、あのおでん屋さんに着いたのはもう夜ご飯の時間だった。1時間だけと決めて、珍しい杉のお茶を頼み、カウンターで今日見てきた場所と鹿の像の話をした。そして、興味があるだろうと思い、妖精カードと天使カードで占いをしてあげようと思った。

 両方のカードを使った占いもできるけれど、店員さんは妖精カードを選んだ。色々とお話を聞く中で、昨日初めて会ったとは思えないような内面のお話をお聴きして、何だか深いやりとりをした。妖精達や天使達が示してくれる言葉というのは深くて、その方の潜在意識に触れるような、時にこの占いだけでここまで深い部分に触れていいのだろうかと思うお話まで伺うことがある。でも、わたしはそういう会話がとても好きで、心地よく、満たされた時間を過ごしているように感じる。

 そして店員さんもそう思ってくれた様子で、「本当にこのお値段でいいんですか」と言いながら料金を渡してくれた。それ以上の価値を感じてくれたんだなと暗に感じ取れて嬉しかった。

 今日も暇でと言っていた割には次々とお客さんがやってきて、やっぱり2時間くらい経ってしまう。このお店は駅のホームに直結していて、ホームからも駅の外側からも入れるので、駅を利用する方達も訪れる。この日はある車両の勇退の日だったそうだ。見物人の男性客がそう説明してくれた。

 さあ、帰らなければ。

 蒸しパン屋さんおすすめの生わかめも買って帰らないといけない。帰り道は、ぎりぎりの燃料で給油灯が点灯したり、お腹が空き過ぎて四毒抜きの戒を破って夜中に味噌カツ丼を食べたり(もちろん一人で)、わあわあきゃあきゃあと一人で騒がしく帰った。

 家に着いたのは0時を回った頃で、たった4日とは思えない程、自分が別人になったような心地がした。旅をする時は、いつも直前に不安が噴き出して、帰ってきてから行ってよかったと同じことを言う。

 また思う。本当に、行けてよかった。

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