はじめに
前回の記事はこちら。
『我が身への許し』
ドリーン・バーチューさんという人が作ったエンジェルカードと妖精カードなる物がある。そのカードを引いて、自分が聞きたいことに対して天使や妖精の意見を聞く物である。

わたしが公務員を退職したいと思った年に、友人の紹介で知り合った天使と話せる女性からこの占いの方法を教わった。当時は天使なんて全く興味がなくて、なぜわたしが天使なのかと思いながら、それでもスピリチュアルな世界のことが好きで、自分の活路を見出したいという思いから、とにかく教わってみることにした。
その人が天使と話せるかどうかをなぜ信じる氣になったのかというと、当時わたししか知らないことをわたしの守護天使から伝えたい言葉として伝えられたからだった。
その頃、わたしは本音と建前とを完全に使い分けて仕事をしていた。本音を話さないで職場に受け入れられやすいことを話した方が波風が立たず、仕事が円滑に進んだ。しかし、本音を隠すことでわたしの内側には強い葛藤が生まれており、それを押さえ付けるために猫背氣味になっていた。本音を押込めれば押込めるほど、背中が丸まる。朝、鏡を見る度に背筋を直しながらため息をつく毎日だった。小さなことだし、誰にも話していなかった。すると、その人から「うさこさんの天使が背中をさすって、『本当のことを言って』って言ってる」と言われたのだ。少なくとも、この人はわたししか知らないことを天使から聞いているんだと、天使を信じてみる氣になった。
これが、わたしと天使との出会いだった。
妖精カードもその人から勧められた。天使カードの使い方を教わる時に、「うさこさんには妖精も合うと思う」と言われて、カードの使い方を一緒に習った。実のところ、子どもの頃から妖精が大好きだった。高校生の時には、海外の画家の販売会で妖精の絵を印刷した物を買ったりしていた。どうして分かるんだろうと不思議だった。
最初は妖精や天使達の言葉をどう受止めていいか分からなかったが、いつの頃からか毎晩寝る前にカードを引くようになった。すると、彼らが明確に何かを伝えようとしていることが分かってきた。何度も同じカードが続けて出る時があるのだ。最初は妖精から、食事についての指示だった。「食事を改善しなさい」「ベジタリアンを心掛けなさい」。『10歳若返るうさこの食事』でも紹介したように、わたしは食事にとても氣を遣っているが、動物性堆肥を使った物から植物性肥料のみの野菜に変えたのは、妖精からの指示を受けての行動だった。改善を図ると、カードは出なくなった。
そしてここ十日間程の中で出てきたのが、「誰を許す必要がありますか(妖精)」「許し(天使)」、つまり鍵となるのが「許し」ということだった。
最初は二日連続で、妖精から「誰を許す必要がありますか」が出た。二日連続だと、ちゃんと許さなきゃいけない。一日おいて、天使から「許し」。そして今日は妖精と天使から両方共「許し」の札が出た。相手も本氣で言ってきている。相当真剣に、許しを実践していかないといけないんだなと思う。

わたしは両親との関係が過去最高に険悪で、両親のことはもちろん許せていない。けれども、この時は両親と言うよりも、わたし自身を許しなさいと言われている氣がした。
わたしの何を許すのだろう。わたしは自分の何を許せばいいのか。思い当たることがなくて、しばらく考えていた。
次第に見えてきたのは、小さい頃から抱えてきた異物感だった。わたしは、どうやらこの世界と噛み合っていない。誰にも理解されないし、自分らしく思っていることを言ったりやったりすると、周りを波立たせてその場をかき回してしまう。
そもそも、親に理解される子じゃないし、親の理解の範疇では生きられない。親の希望や期待に沿って生きることもできない。その願いがどこまで行っても叶わないことは、親にとってはきっと悲しいことに違いない。周りにも理解されないけれども、親ですら、親の理解ですら超えてしまう子どもだから、生きていることがどこか後ろめたいし罪悪感があった。
わたしは生きているだけで迷惑な存在だ。生まれてきてごめんなさい。自分の底の方に、わたしはこの世界にいてはいけないんだという思いがいつの間にか無言で寝そべっている。それは物心がついた頃からかもしれないし、保育園とか学校とか職場とか集団に入る中で蓄積されたものかもしれなかった。自分ではもう、よく分からない。
いずれにしても、家族の中でもその他の場所でも、どこにいても自分の異物感は付きまとった。わたしという存在は、ごろごろと目の中に入ったごみとか異物のような物だ。好きな物は他の子からずれているし、一旦のめり込めばすぐに平均点以上にできてしまう。視点が他の人から外れていることで、周りの共通認識とは異なる解決策を導き出せることも多かったが、共感はされにくかった。そしてその反対に、そこで収めておけばいいのに、一時的に揉め事を起こしてしまうこともあった。何か変に自分の影響力は大きかった。だから自分の能力を出すのが怖かったし、それで失敗するのも怖かった。
論理的には破綻しているんだけれども、就職して半分を過ぎる頃から、自分は深海に住む金魚のようだと孤独感を感じていた。周囲からすれば、わたしの方こそ熱帯の珊瑚礁に現れた深海魚のような物だと思うんだけれども、いつもなぜかその金魚の光景が思い浮かんだ。
それとは別に、自分の欠点もある。目上の人に対しても上から目線の物言いになってしまう場合があること、自己顕示欲を抑えられない時があること、心の中での見下しがあること。
全部出していったら、甚だ苦しい。
そして、天使も妖精もそのわたしの全てを許しなさい、認めてあげなさいと言っているんだと思った。
到底できそうにない。こんなことを見つめて何になるんだろう。ただただ苦しい。また一人で落込んで、ばかみたいだ。情けない。大したことのない自分に嫌氣がさす。
そんなもんだよね。
少しすると、逃れられないと思っていた重苦しさが徐々に薄らぎ始めた。落込んでいるのにどこかで開き直る自分がいる。
どうせ大したことのない人間なんだ。いい人でいることもやめよう。他人の好感や関心を得ようとする生き方もしなくていい。
そんな自分を許しなさいということだと思えた。
まとめ

天使と妖精は人間に対して圧力をかけてくることはなく、ただただ本当に優しくそっと肩に触れて教えてくれているだけなんだけれども、何日も同じカードが出てくると、やはり圧迫感を感じる(笑)。真剣に受止めて、考えなければならないんだなと向き合わされる。
その時々の自分の状況や状態によって、彼らが伝えてくることも変わるので、本当にちゃんと見てくれているんだなあと密かに感心する。
わたし達は完璧にできなくてもいいし、わたしみたいに変わっていて周りに馴染めなくても、生きていていい。そんなに氣張らなくてもいいんでしょうね。そういえば、霊能者のおばちゃまにも同じことを言われていたな。
今まで、沢山自分を許せなかったので、少し楽になりました。

コメント