はじめに
前回の記事はこちら。
先週に引続き、今週も更新が遅れて申し訳ありません。ちょっとしばらく、このぐだぐだ状態が続くかもしれませんが、後から補う形も含めて記事は更新していきますので、これからもどうぞよろしくお願いします。
今日も前回に引続き、図書館から借りた本の中から印象に残った本の書評です。
俳句を英訳してみたいと思い立ち、図書館に行って関連する本を探していたところ、俳句の前にまずは和歌なのねということで著者の本が多く、まずは本書を手にとってみることにしました。
本書の概要は次の通りです。
- アイルランド出身の著者が百人一首を英訳した作品
- 学術的評価も高く、翻訳賞を受賞している
- 日本語版には独自の序論も収録されている
これらを踏まえながら、
- 英訳そのものの面白さ
- 「日本語版のための序論」に深く心を動かされたこと
などの印象に残った点を含めて、書評を書いていきたいと思います。
- 和歌や百人一首を英語でどう表現するのか興味がある人
- 日本文化を海外の視点から見つめ直したい人
- 翻訳や英詩に関心のある人
『英訳詩・百人一首 香り立つやまとごころ』マクミラン・ピーター著、集英社新書
俳句を自分なりに英訳してみたいと思い、その関連書籍を探す一環で本書を知った。
イギリスのアイルランド出身の著者が百人一首の新訳に挑戦し、アメリカのコロンビア大学にてドナルド・キーンさんの高い評価を得て、2008年にコロンビア大学出版より刊行された本らしい。そして同じ年に、日本翻訳文化特別賞を受賞し、学術的にも評価された本となったそうだ。
日本語版である本書は、その原著を日本語に翻訳したものとなる。
和歌の英訳に関しては、わたしの発展途上にある英語力では理解の及ぶ範囲に多大な限界があるが、著者の創意工夫と滑らかな表現で、歌の原義を忠実に再現している、ような氣がする。としか言えない。掛け言葉もこういう風に表現するんだなとか、そもそも和歌を英訳するとこうなるのかという真新しい発見に触れられる。
興味深かった点
そして、わたしとしては英訳以上に興味深かったのが、本書の序盤に据えられている「日本語版のための序論」の内容だった。
著者は、日本の文学には精神的価値を育む力があると述べている。
要約すると、以下のようになる。
- 現代の日本社会では、誘拐や殺人、いじめによる自殺、家族間での殺人等の事件に触れることが少なくない。
- それらの事件が衝撃を与える理由は、事件がコミュニケーションの完全な崩壊を表している点にある。
- 自分の感情を相手に伝える能力を持っていたら、自分の悲しみや痛みを周囲の人に打明けていたら、誰かが理解した助けてくれると信じる氣になっていたら、これらの事件は避けられたのかもしれない。
- 現代は、所有する物の価値や金銭の額が人生で何より重要だと教え込まれるが、それは偽りの均質化である。
- 物質的なものは、精神的欲求を満たすものではない。
- コミュニケーションや個人の精神の向上などの到達地点は、商業主義の対極にある。
- 文学には、あらゆる精神的な価値のみでなく、例示と比較対照を用いて、それを身につけさせる力がある。
- 文学はその国の心である。
- 日本が築いた富の中には、何の方向感覚も持たず、精神的に貧しい若者が数多くいる。
- 日本には世界に二つとない精神的、文化的遺産と言える文学がある。
- 今こそ、日本人は内面に目を向け、日本の魂を再発見すべき時である。
はっとさせられたこと
この序論を読んで、私は若い頃に感じていた「文化的な根っこ」への違和感を思い出した。
「何の方向感覚も持たず、精神的には貧しい若者が数多くいる。」
『英訳詩・百人一首 香り立つやまとごころ』マクミラン・ピーター著
精神的に貧しいかどうかは分からないが(その人はちゃんと自分の力で稼いでいた)、自分も若かったんだけれども、同年代の若い人を見ていて、彼ら彼女達が好んで好きな物が、何の文化的根源も持たない、日本の歴史や伝統文化から切り離されて漂う根無草の産物に見えたことがあった。何を以てみんなはこれらの現代文化の産業産物を好むんだろうと不思議に思い、息苦しく感じたことが記憶にあって、この著者の表現がことさら印象的に感じた。文化的、歴史的な「根っこ」がわたしの命題のような氣もする。
遥か遠い異国から日本に移り住んだ著者が、日本の古典文学を愛する視点から現代の日本社会を日本人と同様に見つめ、言葉と文学の面から日本社会とそこに住むわたし達を憂慮してくれていることに静かに感銘を受けた。この序論だけでも読んでよかったと、たった数頁だけの濃密な考察に触れてそう思った。
英訳された和歌に触れてみたい人はもちろん、日本文化を海外からの視点で見つめ直したい人にもおすすめできる印象深い一冊だった。

書名:『英訳詩・百人一首 香り立つやまとごころ』
著者:マックミラン・ピーター
訳者:佐々田雅子
出版社:集英社新書
<こんな人におすすめ>
- 和歌や百人一首を英語でどう表現するのか興味がある人
- 日本文化を海外の視点から見つめ直したい人
- 翻訳や英詩に関心のある人
まとめ

自分が考えたことや自分の内側にある感情を言語化できることは、人間関係の質を大きく左右することを、本書の序論から改めて考えた。
人間関係のいざこざや上手くいかなさは、自分自身の内側にある負の感情に原因があることが多い。
けれども、その感情を言語化して自分で掴むことで、自分が何に対してそれほど否定的な感情を抱いていたのか理解できるし、自分自身への共感も伝えられる。
そのことによって感情をぶつけるのではなく「伝えられる」ようになり、話合いの余地が生まれるから、言語化の力というのは大切だと思う。
そのためには、自分の心の中を見つめる技術も必要なのだと思う。
自分の思いを言葉にし、人と言葉を交わしながら、ともに生きていく力。そうした力を、わたしは「社会性」と呼ぶのだと思う。千年を超えて伝わる和歌や百人一首を通して、そのことを静かに教えてくれたのが、この本の魅力だった。
この本をわかめ漁の旅に持って行って、石巻市のカフェで読みながら店内に流れる音楽と重なって、すごく豊かな氣分になったのが記憶に強く残っています。
ちなみに、現在はインターネット上でも入手が難しいようですが、図書館などで見かける機会があれば、ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。


コメント