『立夏点』種蒔きと過去世の痛みの解放(随筆)

スピリチュアル

はじめに

 前回の記事はこちら

 レムリアに関する記事はこちら①こちら②から。

 過去世に関する別な記憶についての記事はこちらから。

『立夏点』

 ここのところ、書道の試験課題で精神的に行き詰まっていた。

 そもそもの練習量はそれほど多いとは言えない分量しかこなせていないのだろうが、どれだけ書けども上達の手応えが感じられなかった。

 わたしは子どもの頃から少しでも練習してできなかったりすると、劣等感に苛まれ、自分を責めがちだった。そしてその感情が辛くて嫌になり、練習を離れてしまう悪循環に陥る癖があった。この時もちょうどその状態に陥り、氣が付くと自分をせめていた。まるで暗くて深い淵に落ちていくような、底の見えない暗闇の中を彷徨っている氣持ちだった。死ぬことは考えないが、これ以上生きていたくないような氣持ち。一度この穴に嵌ると、病的なまでに悲観的な自分に出会う。

 このままではまずい。

 そう思って、仕事関係の相談役になってくれている兄さんにわたしの落込んでいる氣分をそのまま話した。色々と励ましてもらったり解説してもらい、何とか穴から這い出した。危なかった。それでも氣分はまだ灰色をしていた。

 二日後、その兄さんの仲間と交流する機会があった。試験で忙しいものの、少し前にお世話になった別の方が主催されていたこともあり、義理堅く参加することにしていた。この兄さん、ちょっとふざけた性格の人なのだが、憎めない方で、からかわれやすいが耐性は低く、度が過ぎるといつも子どもみたいに落込んでいる。今回はその仲間内での集まりだった。

 初めてお会いする方がほとんどだったが、主催の方の手作りの料理を中心に食卓を囲み、それぞれが話し始めてみると、みんな変人揃いだった。わたしが最年少でみな年上だったが、ほぼ全員がスピリチュアル的な感性が強めで、独自の専門分野や方向性を持っていて、話題を探ったり氣遣いをする必要性が微塵もなく、久々に伸び伸びと振舞えた。

 わたしが拾った出身星診断をしたかと思えば、手相を読める人が3人ぐらいいて、頼んでもいないのに銘々手相を読み始める。「根は明るいけど、氣が強いっ」「直感で動く人だから、あんまり考えすぎないで行動した方がいいよ」「これから勤めることはしないね。金運線はないけど、でもお金にはそれほど困らないんじゃないかしら」二人のお姉さんから好き勝手に手相を見られて、口々に言いたいことを言われる。手相も国が変われば見えることも違うようで面白い。

 わたしは天使と妖精の札読み(一般的にはオラクルカードリーディングと呼ばれる)で占いを提供する。その代わりに、他の方々の施術を受ける。お互いに持っている技術を交換して氣の交流をする。それもこの交流会の目的の一つだった。

 他の人に札読みを提供するとよく分かるのだが、妖精も天使も本当にその人の内面にしまってある物をよく知っているなあと感心する。聞きたいことに関して、ぴたっと当てはあることが示されてくる。わたしは自分より経験も年齢も上の方を占うことにためらいもあり、内心自信が持てていなかったのだけれども、札から読取れる内容を迷いなく助言できて自信になった。

 そしてその方から受けた施術が、アクセスバースという頭部のツボ押しのような施術だった。海外の方が開発された手法で、手で頭の点に触れていき、感情の解放や心身の負担軽減に役立つようだ。

 横になったわたしの首を触った瞬間に、その方は「ちょっとこの首と肩、どうしたの。酷いわねえ」と言った。筋肉がガチガチに固まっている上に、首の骨が歪んでいるらしい。どんだけよ。その理由として冒頭の事情を話した。「こんな首の状態で、よく生きていたわねえ」そう言われた。

 この場に集まった方達は常人じゃない故にそれぞれ壮絶な体験をしている方が多かった。その話を聞いている中で、自分でもどうして必要以上に自分を痛め付ける思考に陥ってしまうのかずっと考えていた。揉んでもらっている首はなかなか柔らかくならない。「わたしなんてって思って、ずっと自分を責めちゃっていたのね。ちょっとこれさあ、過去世の部分もあるんじゃない」そう言われて、わたしもそう感じた。そんな話ができる方に救われる思いだった。

 施術が始まる。頭のいくつかの地点に彼女の指先がつ、と触れるだけだが、わたしは体の内側の経絡とか内臓に響く体感を覚えた。

 わたしは、レムリア文明に生きていた、と思う。そしてレムリアの崩壊と共に、「絶対に生きて、仲間と再会を果たす」という誓いを自分に立てて、恐らくアトランティスへ逃れた。アトランティスではレムリア人狩りがあったと言う。喜びの感情で体内に隠した青い石が光るレムリア人は、アトランティスでその石を狙われ迫害された。だからわたしは、命を狙われないように、喜びを感じる感情を極力排除した。わたしはだめな人間だ。わたしなんてでき損ないだ。わたしは幸せになってはいけない。わたしには価値がない。重たい石を抱え込んで海中に沈むように、わたしはそれらの否定的感情を大量に抱き込んで、自分の波動を落とした。全ては生き延びるために。

 彼女の指先が一度離れて、額の複数地点に触れる。その指先の感触で過去世の時の記憶を思い、涙が滲んだ。

 わたしの首の状態は、わたしが自分で自分に鞭を打つようにして痛め付けて作ったようなものだ。誰かからわたしが黒くて太い鞭で打ち据えられる光景が目に浮かぶ。死ぬぐらいなら、鞭で打たれる痛みの方がましだった。そこまでしても生きていようと思った。死ぬよりは、命を狙われるよりはましだった。そうまでして生きていようとしたわたしがいたとすれば、労ってやらねばならないよね。本当によく耐えた。こんなに自分を痛め付けてまで、本当によく生き延びたね。「よく生きていたわねえ」その言葉は、過去世のわたしへの労いと小さな賛辞の言葉でもあったのだ。

 施術が終わると、不思議と頭も体も軽かった。

 そして会の終了後に、もう一人別な方にも「うさこの札読み」をした。その方はどっしりした雰囲氣を持ちつつも、楔形をした石で何やら物の波動を測っていた。「これは波動がすごく高い」と言ってきゃぴきゃぴとはしゃぐ姿は、わたしにさえも傍目から見ていて非常に怪しく映った。

 彼女の札読みは、わたし達のお互いの心に深く触れるものだった。札読みが終わり、コーヒーと焼き菓子を頂きながら、わたしは、これから提供を始めようと思っている鑑定書を見せた。字がすごく上手ねえ。使っている紙も素敵だし、もらった人は喜ぶわよお。そう言って褒められた。そして、「ちょっと待って」と言って、おばさまは例の楔形の石を取出した。石には首にかけられるような鎖の紐がついている。

 それを持ってわたしの鑑定書の上にかざすと、鎖がぴいんと張った。かと思うと、石が不可思議な角度に持ち上がり始めた。「ちょっとやってみて」自分でもやってみると、よりその何かを感じる。石が何かの力を受けて引っ張られている。その石の力が途切れた所が、その物が持つ波動の大きさを示す境界線だそうだが、机の上に置いたわたしの鑑定書は、わたしの身長では高さが足りず、椅子に登ってもなお何かの力を発し続けていた。

 目が丸くなった。

 自分が書いた物がこんなに力を持っているとは知らなかった。

 2026年は5月2日の蠍座の満月の夜にちょうど立春から八十八日となる八十八夜を迎えた。その日の夜遅くに、偶然さとうみつろうさんの八十八夜に関する動画が目に入った。眠氣と闘いながら見たその内容は、大体こんな内容だった。

 一年を八等分した二至二分(夏至、冬至、春分、秋分)と立春・立夏・立秋・立冬の8点は、季節の変わり目であると共に古代からこの地点を自分の運勢の転換点として利用してきた最適の頃合いの一つであると言う。この時期に種を蒔けば、11月の終わり頃に秋の実りとなって物事が成就するだろうとのことだった。

 期間は八十八夜の5月2日から、5月5日の20時49分の立夏点を挟んで、5月8日、今日までの七日間となる。ちょうどゴールデンウィークに重なる黄金の七日間だ。

 わたし以外に誰もこの八十八夜と立夏点のことを知っている人はいなかったが、わたしは図らずも、立夏点で何かを削ぎ落とし、自分に新しい種を蒔けたような氣がしている。

まとめ

うさこ
うさこ

 立夏点のことを事前にここでもお知らせできたらよかったんですが、立夏点で手放すための制限や古い記憶が迫り上がってきていたようで、何せわたしに余裕がなく、最終日の今日の定例更新日でのお知らせとなってしまいました。

 地軸の傾きもこの立夏点でまたぐっと変わるらしいです。わたし達人間は意識できていませんが、体はこの変化をどこかで感じているようです。これから夏に入りますね。夏の体づくりに向けて、夏の食べ物を取入れながら、季節を感じて生きていきましょうね。

 そうそう、うさこの占いについても近々紹介する予定です。なかなか紙面を作れず苦戦しておりますが、占いも言の葉にも自信が持てたので、占いでもみなさんとお会いできるのが楽しみです。

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