『わたしの英会話事情』(随筆)

随筆

はじめに

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 今日の記事で、たあちゃんと地下鉄を待っていたのが、日枝神社に行った帰りでした。

日枝神社のこの時です。

 また、「みん天」とは、わたしが速読を習った「みんな天才化機構」の略です。

『わたしの英会話事情』

 最近、英会話の勉強に割と熱を上げている。

 そもそも、英語の学習は独学で15年以上もだらだらと続けてきたが、電源が入ったり切れたり、圏外になる期間も多く、この参考書を使って3ヶ月で英語で討論できるようになりました!という参考書もなかなか進まずに本棚の飾りと化している有様だった。

 退職してから本腰を入れて英語学習法に関するYouTubeを見漁ったところ、英語が話せるようになった人は「とにかく話せ。話せなくても話しに行け」と言っていた。中には、辞書も単語帳も使わずに、ほとんど話せない状態から一年で通訳に採用された人もいた。

 そこで言われていたのは、日本の英語教育は、特に中学校から始まる英語教育を受けていたわたし達世代は、読み書き中心の教育しか受けていないため、いつまで経っても話せないのだということ。

 本当に話せるようになるための順番は、聞く、話す、読む、書くなのだと言われて、天動説から地動説への転換を経験した氣分になった。

 とは言え、長年「間違っちゃいけない」空氣と重圧を感じて英語を勉強してきたこの身において、理屈は分かれども、明日からはい分かりましたとすぐに会話の練習に取りかかれる訳もない。脳みそは、生命維持を図るために現状を維持しようとする機能が備わっているため、よっぽど革新的な衝撃を受ける時以外は、新しいことを受付けない造りになっている。

 聞く話すなんて今まで学校でやってきていない。そんなことには、抵抗感しか出てこない。

 そんな時に、並行してみん天での高速脳の土台を作る練習が始まった。驚いたのは、速読ができるようになるために、ここでも「聴力から」鍛えることだった。うわあ、視覚を鍛えるのかと思ったら、聴覚なんですね。よく分からないけど。ここでも「耳から」なんだ。学校では、耳を鍛えるなんて聞いたことがなかった。

 でも、聴力なんて全然鍛えてきていないから、課題が全く聴き取れないんですよ。そうすると、当然やる氣は起きない。夢の速読よりも聴力課題に対する反発や抵抗感の方が俄然優勢になる。

 この時のわたしを思い浮かべると、「抵抗感」と書かれたTシャツをパツパツに着た肥満体型の女の子ぐらいの感じで、抵抗感の塊だったなと思う。「今の自分」を守るために、「新しいことをやっちゃダメ!」「なんでそんなことをやる必要があるんですか」「そんなのやったって意味ないよ!」と脳が全力で抵抗していた感じがする。よくありますよね、口では痩せたいって言っているくせして、これは食べていいですよねって言い張って全然行動が結びつかない現象が。

 わたしも、従来のやり方とかこれまでの自分に固執しちゃうあの状態だったと、今振返ってようやく分かる。

 だから、色んな意味でそこから「始められる自分」になるまでに、数年かかった氣がする。

 再び英会話のやる氣電源が点灯したのは、2024年の11月だった。色々とあって、とにかく自分が変われることを何かしたいと思っていた。その時に、地元のカフェで英語で話そうという企画を見つけて参加したのが、今日に至る始まりだった。

 間違っても、うまく話せなくても、とにかく話してみよう。

 週に1時間、そこに通った。大学時代には、英語の論文を読む練習をちょろっとはしたけれども、日常会話になると言いたいことが全く組み立てられずに固まる自分がいる。高校の時に覚えたはずの単語が出てこない。おおい、英語の引出しが見つからないぞ。そんなぎこちない会話の中で、英語の力は微力だが伸びていた。

 そこから爆発的に話せるようになったのは、2025年8月にみん天の英会話の練習をしてからだ。英語圏に留学して、今は外資系大手企業に勤める弟から、何か一つ毎日継続することを頑張れと言われて、みん天の英会話練習を毎日15分続けると約束した。

 みん天では、聴力を鍛える第一段階が終わると、速読法を教わって、次の第二段階に入る。その第二段階で、旅行で使える英文事例集を早口言葉で言う練習があった。旅行と言いつつ、「あなた、何回失敗するつもりなの」とか「わたしは彼と結婚するつもりはない」とか、それ旅行じゃないでしょとツッコみたくなる文章もあって笑えるのである。

 それを猛烈な速さで読み上げる練習を繰返していると、ああ、だから英語が母語の人は音をこういう風に省略するんだなと発音のコツも自ずとつかめるようになった。発音できるようになった単語や英文は、聴き取れるようになる。加えて、日本語で英文の意味を考えている暇がないほど高速で英文が次々と出てくるので、その速さに慣れていくうちに、日本語から英語ではなく、英文をそのまま感覚的に捉えれるようになった。

 おお、なんか体感が変わった。

 1ヶ月半が過ぎる頃、そう感じた。ここから、視界がぐっと広がり始めて、景色が変わった。

 よし、あたし結構英語が話せるようになったわ。

 ちょっと自信ありげの自分を引っさげて東京に行き、たあちゃんと地下鉄のホームで電車を待っていた時のことだ。明るい色の髪をした外国人の女性が近寄ってきて、英語で「この電車は銀座に行きますか」と聞かれた。わたしはお上りさんで東京の交通事情にはとんと疎い。しかも突然の英語だ。

 ちゃんと話せるはずだけど、えっと、えっとと、うろたえている間に電車が滑り込んできた。とにかくこの電車が銀座に行くのかどうかが分からない。「アイドント、ノウっ」そして手を合わせて「アイムソーリー」を連呼した。明るい髪の女性の残念そうな顔がこびりつく。

 うあああん、こんな簡単なこと、誰でも言えるよ。全然役に立てていないし。そうしたら、たあちゃんが「銀座!行くよ!」と、周囲の目線も何のその、大声で叫んで教えてくれたので、その女性を車内に招くことができた。電車の中でもろくに話しかけられず、別れ際に笑顔と身振りで精一杯の歓迎の氣持ちを表現した。残念ながら、わたしの英語の実力はこの程度だった。

 英語を母語とする人達の間では、I don’t know.は「え、知らない(棒読み)」ぐらいのつっけんどんな言い方なので、通常は使わないらしい。代わりに、I’m not sure.やI have no idea.を使う。そんなことぐらい知っているのに。これしか口を突いて出てこなかった自分が悔しい。

 まあ、わたしは大学1年で受けたTOEICで居眠りをして404点だったし、TOEICのために勉強するのも氣乗りしなくて自分で受験したことはないから、客観的な数字で今の英語力を示す指標がない。最近、英語で映画を見始めたところ、一本目は5~6割、7割だと言い過ぎか、結構内容が分かるつもりになっていたが、昨日から見始めたコメディ映画は、子供達が話している冒頭部分すら何を言っているのかちんぷんかんぷんだった。

 それでも、ぐっと視界が開けた感覚は変わらず、これからは語彙力を伸ばす段階に入ったと、みん天流英単語暗記法に取組んでいる。視界が開けて9ヶ月、今のわたしは半分英語脳と言ったところか。

 努力の鬼である弟が力説していたが、何事も我慢して努力する段階を越えると、楽しさを感じる軌道に入る。そうしたらしめたものだそうだ。自分がそうなってみて、本当にそうだと思う毎日である。

 一日15分。それを「毎日」続けることで、脳の神経回路が変化してくる。短時間でいい、そこでの「毎日」の継続が大事だ。

 いつか通訳さんみたいに流暢に英語を話せたらいいな。そしてそれができたら、他の言語も習得したい。

まとめ

うさこ
うさこ

▶︎わたしの英語練習法◀︎ 

1 練習の順番を意識する

  • 聴く
  • 話す
  • 読む
  • 書く

2 主語や時制を織り交ぜた英文を高速で読む練習をする

3 とにかく、話せない時から話しに行く

 日本人は、外国語の学習に苦手意識がある人が多いと思うんですよね。なぜなら、本文中でも触れたように「話す」練習をほとんどしていない上に、間違わないことが重要だと訓練されてきてしまったから。

 でも、言語学習の順番を押さえたことで、わたしの世界は変わったんですよね。聴覚って意外と大事なんだということも、目から鱗でした。

 さらにそのもう一段深い所では、多言語習得も速読の習得も、始まりは意識の変化から起こるんだということ。毎日話す環境があれば、1年で日常会話はできるようになるんだろうと感じています。

 わたしね、これからは英語圏の女性の友達がほしいです。日本人の友達同士でする会話を、その女性の友達としたいです。

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