はじめに
【わたしを織りなす物語】の過去の記事はこちら▶︎『母』『父』『仁義なき戦い』『弟』『和解』
『許しとは』
両親の謝罪を境に、それまでの怒りがまるで別な世界の出来事でもあったかのように、親に対するわたしの怒りはふっつりと消えた。それは本当に不思議な感覚だった。
いつも父と母を見て反射的に怒っていて、同時に同じくらい自分のことも責めていたから、頭の中には否定的な言葉がいつも渦巻いていた。それが両親への怒りの消滅と共に、否定的な思考の声も収まった。
両親が謝ってくれたことで、それまで強力に反復と反芻を繰返していた神経回路が突如遮断され、使い慣れた思考と習慣が停止したような感じだった。
いつものやることが見当たらなくなった脳みそに、最初のうちは戸惑った。
あんなに話が通じなくて、わたしの氣持ちを全く分かってもらえなくて、辛くて苦しくて大変だったのに、終結すると呆氣なく感じられた。
わたしの前半生を賭けた長い長い戦いが終わりを迎えたのである。
これまでに、自分の怒りを解消するために様々なことをした。潜在意識系の講座も受けた。思考の学校の大石洋子さん(宮益侑嬉校長)もかなり参考にした。スピリチュアルな領域では、並木良和さんや中村咲太さんの動画もよく見た。
これらの方々の要旨は、「現実は自分の意識が創っている」ということだ。この意識を潜在意識と言ったり、自分の周波数と言ったりする。自分の中の潜在意識層に溜め込んでいる思考や周波数を、目の前の現実に対してペタッと貼付けているだけなんだということだった。
話を聞くとなるほどと思いつつ、わたしは自分の中にある怒りを一向に収めることができなかった。しかもそれを「自分が創った」と、全て自分で引受けることは至難に思われた。
許しには段階と手順があると思う。
まず、自分の怒りと傷つきを自分自身で受止めて、認めてあげることだ。怒っているんだよね、傷ついたよね。そんな風に自分の怒りや傷つきに心から共感の言葉をかけてあげる。自分の体をさすってあげながら言うのもいい。
そして、何が嫌だったのか、何に傷ついているのかを探してあげる。これは、何度も何度も頭に湧いてくる言葉を紙に書出したりして、自分で一つずつ言語化する。
最後に、その自分の傷つきは「自分にとっては」正当なものだと認めてあげること。傷ついた過去がある人は、自分がこの程度のことで傷ついたと言っていいのかと申訳なく思う人も多いと思う。大概の場合において、相手は自分が人を傷つけることをしたとは感じていないから、その人に対して自分の傷つきを受入れてもらえないんじゃないかと恐れを抱く人もいると思う。でも、傷つきは主観的なものだから、間違いも正解もないと思うのだ。あなたが傷ついたという感情を、あなたはあなたに認めてあげていい。わたしはそう思う。
そこをすっ飛ばして、自分がこれまでに他人に対してやってしまった不具合を反省したり謝ったりするのを優先すると、返って怒りが膨れ上がったり、反発心で前に進めなくなる。だから、最初は自分の怒りや傷つきを認めて受入れてあげること。
共感の力は絶大だ。それは、人に対しても自分に対しても、強力な癒しの力を発揮する。
わたしは子どもの頃に両親が揉めた内容を聞かされるのが精神的に重くて仕方がなかった。それを弟が「重かったよね。俺もだよ」と言ってくれたことで、一人じゃなかったと肩の荷が軽くなった。そして、もう少し自分が何に苦しんでいたのかを話してみようと思えた。それが、両親との和解に繋がる一歩になった。
理不尽さには抗っていいと思う。
親と言ったって、一人の人間なのである。子どもに対しては絶対的な存在のように振舞っても、そこには欠点もあれば間違いもある。不完全な一人の人間なのである。
でも、わたし達の潜在意識は、親のことを「絶対だ」と受入れたことも含めて、子どもの頃に溜め込んだ記憶や信念を大人になった今でも使い回している。そしてわたし達自身がそのことに氣付かずにいる。その子ども心に氣付いて、傷を癒して、その時の氣持ちを分かってあげること。まずはそこが大事だ。
そして、理不尽だと感じる親の行為を親に伝えて理解してもらうこと。
わたしは、絶対に理解してもらうことは不可能だと思いながら、それでも諦められず、大人になれずに両親に怒りをぶつけ続けた。その結果、両親の方が折れて謝ってくれた。
わたしの怒りが消えたのは、わたしの氣持ちを「分かってもらえた」と思ったからである。
わたしは何に怒っていたのかと改めて考えるんだけれども、「わたしが嫌なことを分かってもらいたかった」ことに尽きる。一方的に大人の事情を聞かされること、家でも外出先でもいつも目の前で両親が喧嘩をすること、互いへの罵り合いを何十年も繰返すだけで進歩も進展もないこと、わたしが嫌だということを全く聞き入れてくれないこと、わたしが思っていることを言えないこと。
全部を伝えられた訳ではない。けれども、一部であっても両親それぞれの理解が得られたことで、わたしは報われた氣持ちになった。わたしが怒っていたのは、両親にも自分達のあり方を見直してもらい、幸せになってほしかったから。人生の生き方として間違ったままだよ、それでは幸せにはなれないよと伝えたかった。子どもとしての使命を少し果たせたように感じた。
それから不思議なことが起きた。父と母の習慣は大きくは変わらないのに、同じ言動に触れても怒りが湧かなくなったのだ。こういう人達だからなと容認できるようになった。それと共に、自分の中の完璧主義も影が薄くなった。並木良和さん達が言っていた「現実に貼付ける周波数が変化する」というのは、こういうことかと思った。
そして、父と母の行動も変化した。以前よりもわたしの話を聞いてくれるようになったし、わたしからの忠告も、これまで言えなかった不満も聞いてくれるようになった。そして、行動を変えてくれるようになった。父は、ちゃんと最後まで人の話を聞くようになった。わたしが手伝いをすると、母はありがとうと言ってくれるようになった。
本当はわたし達は沢山の物を与えられているのに、子どもが与えようとする物でさえ受取り拒否をしているんだよね。それで、家族や周りが何もしてくれないと文句を言っているのが人間なのだ。
お世話になっている兄さんにこう言われた。暦の上では春が来ても、まだ雪が降っている頃だった。
「生きている間にどんなに怒りを抱いていた親でもさ、亡くなってみると、会いたいなあって思うんだよ」
話を聞く限りでは、兄さんだってお父さんとの関係ですごく苦労したはずだ。兄さんが多動氣味なのも、お父さんがお酒を飲んで暴れたことと無関係ではないだろうと、わたしは当初から疑っている。
それでもそう感じるのか。果たしてわたしもそうなるんだろうか。当時、仁義なき戦いの真っ只中にいたわたしには、想像もつかない未来だった。
つい最近、父が風邪を引いた。物に埋もれた倉庫のような家の中で、仕事机にしている椅子だけ高価な椅子に、いつか父の姿がなくなる日が来るんだなと思った。
確かに、そこにいた父がいなくなるという日が実際に来たら、寂しくなるのかもしれない。こんなに欠点だらけで、何に対してもただただ騒ぐだけの衝動性が高くて迷惑な人でも、思い込みが強くて色んな失敗を重ねても、この人は本当に浅い世界で生きているだわと呆れそうになっても、そんな父でも、そこに姿が見えなくなったら悲しいのだろうな。
子どもの頃に親戚中に不幸があって、その人と喧嘩をしていて嫌いだったはずの人がお葬式で大泣きしていた。子どものわたしは、それを不思議な氣持ちで見ていた。あんなに喧嘩していたのに、どうして死んだらこんなに泣くんだろうって。いなくなってせいせいするじゃないって。
でも、今は少し分かるような氣がする。色んなことがあったからこそ、込み上げる想いがあるのだろう。まさか亡くなるなんて思わない。いなくなるって知っていたら、もっと違う対応をしていたのにって思うのだろう。
わたしは生きているのだから後悔はしたくないという一心で両親への仁義なき戦いに挑んだ。だけれども、そこを乗越えた先に、自分がこんな氣持ちになるなんて想像もしていなかった。
父は一晩で風邪が治ったらしかった。昔、肺炎で緊急入院した時に、検査で免疫力が通常の3倍もあると言われた父らしい話だ。こうやって肩透かしを喰らいながらわたし達家族は過ごしてきた。
許しとは、何だろうかと思う。
わたし達は誰もが完璧じゃない。自分も含めて。周りの人の欠点を受入れられるようになること、そのことを許せるようになることなのかなと思う。
許しは一瞬の内には訪れない。
わたしの経験だけで言えば、自分の存在が受入れられたと感じた時に、人は初めて相手を受入れ、許せるのだと思った。
そうやって多大な労力と時間をかけた先にあるその過程と経過にこそ、わたし達の人生の時間を生きた意味があるのではないかな。
最近、大天使カードからこんな風に言われた。
「あなたは既に困難を乗越えました。もう、過去は乗越えたのですよ」
わたしは本当に人生の大きな課題をやり終えたんだなと思った。
まとめ

思考の学校や並木良和さん達が言うように、「自分の思考や意識の周波数が変われば、現実は変わる」から、外側を変えようとするのではなく、自分の意識や抱えている負の感情を手放すことで、何もしていないのに現実の相手が変わるというのを実践したかった。ですが、わたしの場合は、そのための怒りを手放す段階で、親という自分の外側にある物に変容を迫ったので、何か違うのかもなあと思いつつ過ごしていたんですよね。
でも違う見方をすれば、親からの反発が怖くて嫌だと思う氣持ちを伝えられなかった状態から、体裁も何もかもをかなぐり捨てて、これが嫌なんだ、こういうことは傷つくからやめてほしいと親に言える自分になったこと、自分の怒りを突止めて自分で癒し、どんな方法であっても両親にその理解を求めたことで、自分自身の意識や行動は変わったと言えるのかなと思っています。

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