はじめに
前回の記事はこちら。
さよならは、いつだって難しい。
新しい世界へ進むために、手放す物、さよならする人。
もう必要のなくなったものでも、かつて大切だった人でも、そこに費やした時間や想いがある限り、簡単には手放せない。
今週は、そんな「さよなら」について、近頃のわたしの心境を綴ってみたいと思う。
『さよならの作法』
みなさんは、乙女座新月の手放しが進んでいるだろうか。
乙女座新月と言わずとも(知っている人は天体の力は利用した方がいいよ)、新しい人や流れ、新しい物を迎え入れるためには、今まで持っていた古いもの達を手放さなければならないものである。
自分が周りと調和するために(本当の自分を出すのが怖いから)、本音に嘘をついて相手に合わせていたことで成り立っていた人間関係とか(人生何度目か)、手にした当時は心がときめいたけれども成長した今は必要がなくなったものとか(それでも思い出だけは濃厚だったり)、できない自分でいることで人生への責任から逃れていたこととか周りに馴染もうとしていたこととか、ただただ誰かと群れていたかったとか、色々あるよねっ。
と、怖い口調で迫りたくなるくらいに、近頃古い物と新しい物、新旧の入替えを迫られている。
この資本主義の物質社会に生きているわたし達は、新しいものを得るのは得意でも、いらなくなったものを手放すのは案外苦手なように思える。
なぜなら、まっさらな物を迎え入れることは簡単でも、時間と思い出と想いのこもった物にさよならをするのは、例えいらなくなったものだとしても、手放すのには忍びない。
迎え入れることよりも、手放すことの方が難しい。
物も、人も、思い出も、場所も、そして今暮らしている世界も、離れるのは心寂しいし、どこか心許ない。もう共感して心を通わせることが難しく感じる人達とでも、別れてせいせいするとはなりにくい。
物ならば、手放すかどうかを自分で決められる。けれども、人との別れはそう単純ではない。そこには相手の感情も、自分の言い分も、共に過ごした時間と記憶もある。だからこそ、人とのさよならには、物を捨てるのとは違う難しさがある。
だから、わたしは人と離れる時に大抵喧嘩をしたり嫌われたりするんだろうか。そうでもしない限り、その人への情が優先して、もういるべきではないその場所にいつまでも留まろうとしてしまうからだろうか。
物はわたしを嫌わないが、人はわたしを嫌う。そしてわたしは、人がわたしを嫌うように仕向けるところがある。その理由や仕組みを分析するものの、まだ答えは見つかっていない。
それでも、良かれ悪しかれ、次の場所や舞台に移るために、別れは必要なのだ。それまでの自分を置いていく場所。新しい扉を開いた自分が居られない場所。どうしたって両者は同居しない。そのことだけは分かっている。
新しい出会いは、そこに隙間ができて初めて入ってくる。これからもっといい出会いがあるよ。それはそうなのでしょうね。自分にそう言い聞かせても、別れる時点で未来に来たる出会いが見えている訳ではない。確約されていない未来に自分を預けるのは勇氣がいる。
新しい世界へ歩みを進める時に、別れの寂しさと、約束されていない未来への心細さと一抹の不安で胸はいっぱいだ。
古い世界にさよならをして、新しい世界に挨拶をする。
ようやく、今までいた場所がわたしにとって古い世界になっていることを受入れた頃、もう離れて当然だと思っていた人に悪いことをしたなあと思った。どれだけ傷付けたことだろう、どれだけ悲しい思いをさせたことだろう。沢山の愛情を裏切る形になってしまった。その人にとっても、何かしらの理由できっと必要だった経験だろうけれども、種火を作った犯人のわたしがそんなことを大きな口で言える訳もない。
その方がいたことで、わたしはとても可愛がられた。大いに心を砕いてもらっていた。でも、どこかでわたしの本音を共有できなければ、ずっと一緒にいることは難しいだろうと思っていた。
わたしは嘘をついていた。
本当はそこにはいられないのに、一人になることも自分だけ居場所がないのも怖くて、評価を得たくて、氣に入ってもらいたくて、器用でもないくせに理解がある振りをして話を合わせていた。それがそこにいるための作法でもあったと思う。けれども、そうして溜まる無言の澱に心のどこかでむしゃくしゃして、自分が選択したことなのに、その人のせいにした。
そういうことをこれまでも沢山してきた。
その度に関係を壊して、嫌な感情を味わい味わわせ、何が学びなのかを判読するするのが難しい状況を生んできた。
今回はせめて、事を荒立てた罪滅ぼしに感謝の意で終わりにしたい。
本当はその鬱憤や衝突や葛藤を以てお互いの本音に触れて、本当の想いを交換して、難を転じて今までとは異なる関係性の可能性を開きたい。けれども、そんなことができる人は多くないことを、わたしはこれまでの人生で知っている。
皆、自分の本音になど氣付きたくない。膿を出す方が治りは早いが、膿を出すのは怖い。
良かれと思ってそれをやるわたしは、単なる迷惑な人間だ。
そしてそれ以上に、わたしは未熟だったのである。
あなたがいたことで、この数年間わたしに居場所ができました。一緒に時間を過ごしてもらったり、ご飯をご馳走してもらったり、あなたにしか通じないであろうお喋りをしたり、あなたがいたことで地元が帰るべき場所だと感じられた。
けれどもわたしの世界の見方は特殊で、一般の枠組みに収まることができません。そんな自分に薄々氣がついていても、その世間からかけ離れた自分になるのが怖かったのです。わたしはその怖さを偽るために、あなたの場所に仮住まいをしたのですよね。
あなたが顔を顰めてようやく、あなたが愛情を注いでわたしの居場所を作ってくれていたことを知りました。
本当にごめんなさい。
そして、本当にありがとうございました。
まとめ

さよならの作法など、全く尽くせていない。
もっと正しく、適切な方法があったら教えてほしいです。
これから物も捨てなければいけない。大天使カードから、”Clear Your Space”「あなたの場所を空けなさい」と言われている。それは物も、人も、頭の中もだ。
物質社会に住んでいる以上は、物の移動や始末も体を動かして時間を割いてやらなければならないのですよね。それがこの世に生きて経験をする意味の一つだから。
生まれた時から心の片隅で面倒くさがり屋なわたしには、なかなかの宿題です。



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